5、お色気作戦?!
渡り廊下の突き当たりの部屋に布団を投げ込む。ここへ運び込めと命令されただけだから、あとは知ったことじゃない。
今度は大急ぎで大広間へ戻らなくては大目玉だ。こんなに働かされてるんだから報酬をもらわないことには納得がいかない。
「しっかしヨ、オレの作戦どおりだったろ?みろ、簡単に潜り込めたじゃん。何でもサ、毎年このパーティーには近隣の若い女の子を集めてるらしいぜ」
それを女装に直結する感性が解らない。他に作戦はなかったのか?
「良い稼ぎになるからって、近所の農家とか田舎町のコが喜んで雇われるんだってサ。だから誰でも違和感なく溶け込めるんだ」
ボンは自慢気に言い、立ち止まって廊下の壁にかかっている鏡を覗き込んだ。自分の頭にある金髪巻き毛のヅラに触っている。
ボンの女装は眉毛が太くて口が大きくて手指がゴツいからハッキリ言って、かなりのイモ娘だ。…その上、ガニ股で歩くなよ。それじゃ、イモ娘どころか女には見えないだろ。これじゃ俺の女装のほうがマシだ。
廊下の角を曲がると目の前に広間が見えた。
「ところでアルは、どうした?」
周りに分からないよう、ボンに尋ねる。
「ああ、アイツなら、別の場所に回されてたみたいだよ。どこだか知らないけどサ」
ボンは前髪を触りながら興味なさそうにさらりと答えた。
アルのヤツ、一人で大丈夫だろうか?あの馬鹿は無礼を働いて手打ちにでもなりかねない奴だからな…。
広間へ入ると、しっかりと酒宴は始まっていた。酒宴というか、舞踏会というヤツか。
金持ちや貴族の集まりってのは豪華だが、どこか『心』が感じられないような気がする。空々しいとでも言おうか。
社交的な上辺だけの挨拶、自分を売り込むだけの下心の見え透いた世辞…こういう場は大嫌いだ。どうでもイイが、とっとと帰りたい。
ボンが俺の脇腹をつついてきた。そして、伯爵を目線で指し示す。
「伯爵をよく見ろよ。腰の辺り、上着の陰になってるけどサ」
言われたとおりに伯爵の腰を見ると、ベルトに鍵の束が吊るしてあるのが確認できた。輪に大小様々の鍵が何本も通されている。
「鍵の束か」
「そうサ。あれは屋敷の部屋の鍵なんだぜ。伯爵は人が信用できないタチだから、部屋の鍵をぜんぶ自分が持ち歩いてるのサ。屋敷の人間に騒がれずにルシアを救出するには鍵を奪うしかないんだヨ。だから、色気を振りまきながら、さりげなく伯爵に近づこうぜ」
色気を振りまくのはともかく、伯爵に気に入られて至近距離でうまく奪えということか。しかし、そんなにうまく気に入られるだろうか?
「分かったら、早く色気を振りまきに行こうぜ?おっと、その前に練習ダ」
こいつ、本気か?…というよか、正気か?
「伯爵の周りで世話をするフリをしながら~、寄せ乳で、さりげなく両ヒザをついて…かわいく上目遣い!」
ボンは言いながら、それを俺の前で実演した。
それは完璧に馬鹿だろ…。