4、スカートといふ代物
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不名誉な女装で正面切って屋敷に潜入し、巧くメイドに成り済ましてから数時間が経っていた。
夕日は稜線の向こうへと隠れ、赤みを帯びた余光が空を薄明るく染めているだけだ。
大広間からは優雅な音楽がかすかに聞こえてきている。夜通し行われる贅を尽くした夜会に客も続々と集まってきているようだ。
しかし、泊まり客が予想以上の人数らしくて、足りない分の寝具の用意にメイドたちは屋敷中をコマネズミのように走り回らされている。
俺とボンが山積みの布団を担いで、ちょうど外門の上にあたる屋根のない渡り廊下を通過しようとした時、階下から呼び声が聞こえてきた。
「中央帝国オデツィアより、ご到着~。開門!」
仰々しい声で告げられたかと思うと、重い門が開けられているような金属のきしむ音と引きずる音、そして振動が足下から伝わってくる。
「オイ、中央帝国からだってサ。皇帝かナ」
ボンは立ち止まり、ひとり言のように言った。持っていた布団を廊下へ置き、興味津々といった様子で石の欄干から中庭側へと身を乗り出す。
俺も布団を廊下へ置き、ボンほどにあからさまでなくとも欄干から中庭を見下ろした。
六頭もの大きな黒い馬に引かれた馬車が入ってきた。
それは中庭の真ん中をつらぬく舗装された道を進んでゆく。真っ正面にはパーティー会場である大広間の入り口が見えている。
馬車が進むと、庭園を楽しんでいた客たちが一様に驚きを表し、談笑をやめて敬意を表しているのが遠目にも分かる。
六頭立ての馬車は皇帝一族しか使うことを許されていないと聞く。貴族どもの格付けなんざ知らないが、皇帝だけは格別なのだろうというのは分かる。
あれからさらに帝国の支配は進み、今では帝国に逆らえる国はない。そこいらの王公貴族であっても、敬意を通り越してもはや畏怖するしかないんだろう。
馬車が大広間の前に横付けされた。誰かが降りているようだが、ここからは角度的に乗り降りしている所は見えない。
「スゲェ馬車だナ。やっぱ皇帝かナ?なぁ、キミはどう思う?」
ボンの問いに返事をせず、俺は廊下に置いた布団を無言で再び担いで歩き始める。
いろいろと詮索しなくたって、広間に戻ればイヤでも誰が来たかなんて判る。考えるだけ時間のムダだろ。
ボンも山のような布団を担いでついてくる。
「無視かよ。まったく、キミは冷たいんだから!少しは人に同調したらどうだよ」
無視には違いないが、返事をするのが面倒なだけだ。
と、その時。抗いようもなく突風が俺たち二人のスカートを巻き上げた。肩に担いだ布団に両手を取られているせいで、めくれるに任せるしかなかった。
女じゃないんだから別に足が見えようが何だろうがどうでもイイんだが、このスカートというヤツは不思議にも無防備にめくれ上がると足がスースーして何となく不安になる代物だ。
ボンは布団を投げ出して自分のスカートを押さえた。
「いやん。見た…?」
そう言って恥じらいながら上目遣いで俺を見た。
そこまでなりきらなくても…かなり気持ちが悪い。