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7、依頼



「ティティスはご存知でしょうか?」


 乳母は静かに言った。



「存じておりますとも。でも、十年ほど前に中央帝国に滅ぼされたんじゃなかったですかな」


「はい。今は統治者も代わって別の国になっていますが、わけあってティティスの城や城下街は手つかずの廃墟のままで残っています」


「そうでございますか」


 じっちゃんは帳簿を書いていた手を止めて顔を上げた。




 聞いたことがある。ティティスはだいぶ昔に中央帝国に逆らってつぶされた。だから王家関係の人間なんて生き残ってちゃマズイんだろう。だけど、この女を遣わせたのは王族の人間なんだろうか。


 帝国の人間だと偽ったのは、帝国寄りかどうか俺たちを試したからか。俺もじっちゃんも中央帝国が好きじゃなかったから、ちょうど良かったが、もし帝国寄りの人間だったら、生き残りがいたことを密告されかねないところだろう。


 まあ、現にウチの親父なんかは帝国や皇帝を尊敬しているクチだし、兄貴にいたっては帝国兵だ…この乳母が今さら知れば卒倒しそうなことだが。




「そこで、さるおかたのお遣いでお願いに上がらせていただいたのですが、実は絵を一枚、取ってきていただきたいのです」


「絵、ですか」


「はい。そのティティスの城の廃墟に残されているはずのティティスの王女の肖像画を取ってきていただきたいのです」


「なるほど、分かりました。絵の特徴などお教え願えますか?」


 乳母はうなずき、ふところから手の平ほどにたたまれた白い紙片を取り出した。ゆっくりと机の上へ広げる。



 八つ折りになっていた紙が二枚ある。ここからじゃよく見えないが、見取り図らしい細かいヤツと、肖像画の略図らしいヤツだ。



「持ち去られていなければ、こちらの印の場所に、このような絵がかけられているはずです。油彩で、大きさはそちらの戸板の半分ほどになりましょうか」


 乳母は表戸のほうへ目線を送った。そう大きくもなく小さくもない絵だ。


「王女様の三つになられる直前のころのお姿の肖像画です」


「分かりました」


 じっちゃんは目線を落とし、忙しくペンを走らせた。



「あ、どうぞ。粗茶でございますが」


 思い出したかのように顔を上げて茶を勧めた。そして再び書き始める。


 女は一礼をしてから湯飲みを手にし、口をつける。そうしながらも何か言いたそうにチラチラとじっちゃんを見る。



「…ところで、お伺いしてもよろしいでしょうか…?」


「何なりと、どーぞ」


「あの…お仕事されるのは、どのようなかたなのですか?」


「そうですなぁ、簡単に申しますと、上は立派な冒険者、学者、職人、役者に拳闘士…いろいろございます。下は、このウチのせがれとその相棒の、え~、十二だったかな…かわいいヤツです。どうぞ、お好きな者をご指名くださいませ」


 言いながらじっちゃんは振り返らずに左手の立てた親指で肩越しに壁ぎわの俺を指した。


 その相棒ってのはアルのことか?いつの間に俺の相棒になったんだ。それにアイツは遠出はできるのか?



「そうですか。でしたら、一番若いお二人にこの件をお願いできませんかしら?国王様も子どもがお好きでいらしたから、きっとお喜びになられるはず」


「そう言っていただけるとありがたいです。どんどん使ってやってください」


 じっちゃんは自分のヒザを平手で打った。


「ぜひ、お願いいたします」


 乳母は少し首をかしげて俺に対して微笑んだ。そのキレイで淋しげな顔つきに、どう返せばイイのか分からなかった。




 二人は金額の相談を始めた。



 そういえば、本当にアルはどうしたんだろうか。アイツは見た目よりも頑丈な奴で、寝込むほど、か弱くはなかったハズだ。それとも何か遊んでいられない用でもあるのだろうか。



「では、なるべく早く納めさせていただきますよ」


「お願い申し上げます。亡き国王様の大切なお品ですので」


 乳母は立ち上がり、深く頭を下げた。



 国王は死んでいたのか。じゃあ誰の遣いなんだろうか。国王の妻か、それとも王女本人か。でも、何でわざわざ危険を冒して他人に頼んでまでして、今さらそんな廃墟に置き忘れられた物にこだわるんだろう。



 応接場を出る乳母と目が合った。優しげな目で静かに笑みを浮かべて会釈をして通り過ぎていった。俺はそれにつられ、後れて会釈を返していた。



 じっちゃんが玄関まで見送りについてゆく。



 俺は応援場の入口に突っ立ったまま、二人のうしろ姿を見るともなしに見ていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 廃墟に残された王女の肖像画。わくわくする設定ですが、なぜ今頃になって、しかも口入れ屋に依頼するのか? う~ん、疑問だ。
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