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3、危機





「小僧!待ちやがれ!ぶっ殺すぞ!」


 すぐ近くでガラの悪い怒声が聞こえる。背後に迫ってきた男の手は、間一髪のところで俺を捕まえそこね、力いっぱいくうをつかんだ。



 踏んだとおり、タチの悪い奴らだ。人を殺めるのだって平気なんだろう。こんな奴らに捕まった日にゃ、どうなるか分かったもんじゃない。


 とは言っても、不自由な中を逃げ続けるのにも限界がある。


 人の壁をよじ登って越えてゆくわけにもいかず、どう頑張ってももどかしい人の壁に足止めを食ってしまっている内に、いつの間にか挟み撃ちにされ、路肩にある出店でみせの際にまで追い詰められていた。



 思いがけず、男たちは隠し持っていた匕首あいくちを抜いた。ソレは殺気をみなぎらせ、ギラリと凶暴に光る。


 白昼堂々と抜かれた刃を目にした通行人たちに動揺が走る。雑踏にもかかわらず波がうねるように群集が引き、遠巻きに人垣が築かれてゆく。今までの騒音とは異質の、どよめきが起き始めた。


「へっへ、観念しな」


 男は手にしたモノに似つかわしくない、語彙力の感じられない御定まりの台詞を吐き、汚れた手を俺に伸ばしてきた。




 何とかして逃げる手立てはないか…?



 背中に屋台が当たる。うしろは行き止まりだ。



 相手は三人、しかも全員が武器を手にしている。右へも左へも逃げ場はない。





 男たちを見据えて警戒しつつ、チラリと横目で屋台を見る…と、そこには、うまい具合にコショウらしき粉末の入った小皿があった。しかも俺の手に届く所に、だ。



 男たちはニヤニヤ笑いながら、狩りを楽しむ獣のように、いやらしく輪を狭めてくる。



 俺は男たちを満遍なくにらみ返しながら、うしろへ回した手は手探りでコショウの皿をつかむ。


 そして…目の前の男めがけて力のかぎり…投げつける!



「ぐわっ!」


 奇襲攻撃に男たちは叫んだ。皿は宙を舞い、一瞬で辺りは灰色の霧に包まれる。


 皿自体も一人の頭に命中し、甲高い音を立てて小気味よく割れた。手触りだけじゃ判らなかったが、どうやら皿はガラスか陶器だったようだ。




 …が、それだけでは済まなかった。その辺りにいた者、全部がくしゃみをし始めた。


「ふぇっくしょん!」


 くしゃみの大合唱だ。



「くしゅんッ!」


 そりゃそうだろ、風でかなり拡がったからな。



「へくしっ!」


 というか、俺も例に漏れずだ。鼻がツーンとして…



「はっくしゅん!」


 鼻がムズムズするなんて生易しいもんじゃない。鼻から目の奥にかけて、刺激物に乗っ取られたような感じだ。



「へくしゅん!」


 目の前が見えないくらいくしゃみが連発で出る。



「へくしッ!」


 老いも若きも、男も女も、いろいろな声のくしゃみがあちこちから聞こえてくる。



「アチュー!」


 コショウなんて少し吸っただけでも充分刺激なのだが、それを尋常じゃないほど吸い込んでしまやぁ、シャレにならない。



「へくしょいッ!」


 くしゃみを連発しながら俺は騒ぎに乗じて混乱状態の大通りを離脱した。そして、裏路地へと駆け込む。さすがに人は、まばらだ。



 だが、まだ執拗に三人は、何かをわめきながら追いかけてきているようだ。しかも依然として片手には得物がにぎられている。


 はたから見りゃ俺たちは奇妙に映るだろう。片や物騒なモノを振りかざしているとはいえ、目も開かないほど、くしゃみをしながら追いかけっこをしてんだから。



 よそ者が土地勘で地元民に敵うわけがないのだが、コショウで目が痛いせいで前がよく見えず、思うようには走れない。



 と…前方に、腕っぷしの強そうな大男が二人、自信ありげな様子で闊歩しているのが見えてきた。


 大男は二人そろってツルツルの頭で人相も悪い。粋な着こなしをした服から露出した肌には、ものものしい図柄の刺青が覗いている。どんな生業だか判らないが、強そうな奴らだ。ちょうどイイ。


「助けてくれ。変な奴らに追われてんだ」


 俺は大男の前で立ち止まって二人を見上げながら告げた。くしゃみをしながら追いかけてくる三人組を振り向きざまに指差す。


「何だと?!任せな、ガッテン承知だ!」


 俺の言葉に乗って、喧嘩っ早そうな大男二人は威勢よく腕まくりをした。俺が見上げるくらい大きい男だ、それだけで十二分に期待できる。



 大男二人は準備運動なのか指や首をボキボキと鳴らしながら待ち構える。刃物を見てもひるむ様子はなく、見るからにヤル気満々だ。


 憐れな目に遭うことが予測される三人の男を尻目に、俺は素早く右手にある路地へ逃げ込んだ。




 念には念を入れ、辻では飛び出す前に辺りを見回して追っ手の有無を確認する。


 二人の大男のお陰で、どうやら完璧に撒けたようだ。裏路地から再び表通りへ。自分の家へは堂々と玄関のほうから入る。




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