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2、追っ手




「大丈夫か」


「今の女の人、何??…いきなりお願いや言われても…」


 そばまで俺が行くと、アルは立ち上がりながら今しがた渡された物を俺に見せてきた。


 手の平に乗るくらいの大きさの平たく長細い木箱と、折りたたまれた紙だ。



 アルを伴って人込みを離れ、建物と建物の間にある人の通らない細い路地へと入る。店の裏口らしく荷物は乱雑に積まれ、食い残しの入ったゴミ箱はノラ犬にでも荒らされたように散乱していた。


 折りたたまれた紙をアルが開いた。


「楽譜やんか」


 紙には横線が細かい間隔でいくつも並び、その間に黒くて小さな丸に尻尾が生えたような記号が並んでいる。それがいくつも連なったものや、変わり種の尻尾が生えたヤツまである。


「ウチのおばちゃん、趣味で歌もやるから、ウチにもこんなんナンボかあるわ」


 楽譜という物を実際に見たことはなかったが、模様のようで面白い。たぶん、この線に書かれた記号が音の高さを表すのだろう。



「こっちの木ィの箱は何やろな。お前、開けてェな」


 アルは木箱を手渡してきた。何が入っているのだろうか、手にすると予想よりも軽かった。



「おい、お前ら。その紙をこっちへ渡してもらおうか」


 いきなり聞こえた声のほうを見ると、路地の口をふさぐように人相の悪い男三人が立っていた。


 この男たちは踊り子のうしろで楽器をやっていた奴らだな。踊り子がアルに何か手渡すのを見ていたようだが、おそらく拡げた紙のほうにしか気づいていないはずだ。



 俺は手にしていた木箱をそっと自分の背中のほうへ隠しながら同時に男たちをねめつけた。そして、バレないように背中の木箱を上着の中へと入れてベルトに挿す。




「ガキは、おとなしくしてろ。さあ、返すんだ」


 男の一人がアルに詰め寄った。


 アルは助けを求める目で俺のほうを見てきた。紙を渡すようにと俺は目配せを返す。


 アルは肩をすくめて俺と男たちを見比べるように上目遣いで見、おずおずと紙を男に差し出した。



「よし、イイ子だ」


 紙を受け取った男はニヤリとし、満足げに何度もうなずいた。


 こういう性質たちの悪い連中は踊り子を飼って昼と夜の仕事をさせて稼いでいると聞く。あの踊り子がどんな経緯で身をやつしたのかは知らないが、かわいそうな目に遭っていて、それで逃げ出したのだろう。




「ん?お前、何か隠してるだろう」


 クソっ、木箱にも気づかれたか!


「逃げろ」


 俺が言うと、アルは一瞬考えてから路地の奥、男たちとは反対方向へと駆け出した。


 それと同時に俺は背後の木箱を手に持ち替えた。そして、全力で男三人のほうへ突っ込み、隙ができたところをすり抜けて大通りへと飛び出した。



「待て!」


 我に返り、体勢を立て直した男の一人が俺へ向けて叫んだ。




 待てと言われて待つ馬鹿はいないだろ。


 と、胸中で意気込んでみたものの、飛び出した先の大通りで、さっそく目の前に立ちふさがる人の壁に直面した。



 ここで迷っているヒマはない。手近な奴を強引に押し退け、人の群に身体をねじ込んでゆく。常識も礼儀も今は関係ない。ひしめく人波を無遠慮にかき分けて泳ぎ、運に任せて前へ前へと進む。


 しかし、人一人や二人を押し遣るのは大したことないが、こうも人の連なった雑踏で流れに抗いながら進むのは容易じゃない。力負けして逆に押し戻される。



 振り返ると、明らかに追いかける挙動を見せて突き進んでくる三人が、ごった返す波間に見え隠れしていた。


 俺の思惑どおり、目当ての物を持つ俺を男たちは三人そろって捕まえにかかっているようだ。この三人以外に徒党がいないかぎり、アルは無事に逃げ延びただろう。



 男たちは乱暴に人の波を切り裂くように追ってくる。




 逃げても逃げても行く先々の人の群に翻弄され続け、幾度となく追っ手は至近距離まで迫ってくる。



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