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6、あやしい来訪者



「こんにちは」


 向き直り、玄関の戸に手をかけようとすると同時に表から声がし、戸が静かに押し開けられた。


 反射的に一歩下がる。顔を上げると、そこには黄土色の服のフードを目深にかぶった小柄な人物が立っていた。



「こちら様が口利き屋様でしょうか…?」


 その人物は立ち止まり、開けた戸を右手で押さえたまま言った。ゆったりとした袖口からのぞく指には、金色の小さな指輪がはめられている。


 フードで顔はぜんぜん見えないが背格好や手のようす、声からすると女のようだ。


「そうだが」


 俺がそう答えると女は室内へ入り、振り返って静かに戸を閉めた。そしてフードをうしろへと取った。



 正確な歳は判らないけど、四十過ぎくらいだろうか。何だか上品な立ち居振る舞いで、キレイな女だ。



「あの、実は…」


「待ってくれ。…じっちゃん、お客さんだぞ」


 女はさっそく用件を言い出そうとしたが、俺はそれを遮って居間の戸を勢いよく開け、饅頭を食ってるはずのじっちゃんを呼ぶ。


 すると、ジェンスの向こう側に座って食ってるじっちゃんの表情がおかしくなった。目を白黒させて、自分の胸を叩いている…饅頭をノドに詰めたのか?




 と思ったのもつかの間、茶をたどたどしく飲んで、どうやら無事に飲み込んだようだ。まったく、そそっかしい。



「いや、お恥ずかしい…!口利き屋でございますが、何でございましょうか?」


 じっちゃんは揉み手でもしそうな感じで、照れながら居間から出てきた。それを見た女は緊張を解いたかのように少し笑顔をのぞかせた。



 そのやり取りを尻目に、俺は表戸の取っ手に手を伸ばす。


 面倒だが、アルの様子を見に行ってやるか。寝込んでんだか何だか知らないが、来ないなら来ないで世話のやける奴だ。



「待ちなさい。お前さんもお聞きなさい」


 家を出ようとすると、じっちゃんに呼び止められた。振り返るとじっちゃんがニッと笑った。


「さあさ、立ち話も何ですから、こちらへおかけください」


 じっちゃんは女を左奥の狭い応接場に案内し、椅子を勧めた。間仕切りも扉もない粗末な場所だから、『応接間』とはお世辞にも呼べない。



 女は頭を下げて勧められるままに応接場に収まり、腰を下ろした。




 呼び止められたものの、俺にとっちゃ何だか居心地が悪い。女は苦手だ。


 とにかくカウンターに饅頭の箱を置いた。


「ほらほら、突っ立ってないで」


 じっちゃんは俺の手をとって応接場の椅子の所まで引っ張る。


「今日は何だか朝から忙しいなぁ!」


 そう言いながらじっちゃんは俺を残して楽しそうに台所のほうへ引っ込んだ。茶でもいれに行ったんだろう。



 俺だけ取り残されても、どうも落ち着かない。応接場の壁にもたれたまま、間を持て余していた。




 女はこちらからよく見えるほうの椅子に、うつむき加減で目を伏せて座っている。一つに結った長い黒髪を片方の肩から前へ垂らしている。


 もし母さんが生きていたとすれば、ちょうどこの人くらいの歳になっているだろう。優しそうな雰囲気の人だな。いったい何の依頼で来たんだろうか。




 沈黙が続いていた。女は何か言いたそうに時おりチラチラと視線を上げて俺を見る。



「…息子さんでいらっしゃるのですか?」


 息子?誰のだ。もしかして、じっちゃんのか?



「いや、孫だけど」


「そうなのですか。ごめんなさい。てっきりお父様だと思いました。…お若いお祖父様でいらっしゃるのですね」


 女は肩をすくめて顔をほころばせた。


 俺が歳を食って見えるのか、じっちゃんが若く見えるのか。まあ、たしかに六十代半ばには見えない若さだが。本人が聞きゃ喜ぶだろう。若いと言われるのが一番好きだからな。



 と思やぁ、台所の戸の音がした。その本人が戻ってくる気配がする。


「お待たせいたしました。ご用は何でございましょうか?」


 そう言いながら、盆に載ったお客用の湯飲みと、さっきのと同じ饅頭を出す。



「はい。お願い事のほうなのですが…。実は、私は中央帝国の者でございます。諸国を回りまして逸材を求める旅をいたしております」


「ほう…帝国の」


 じっちゃんはそう言い、盆を自分の座席の横へ置きながら女の向かいへ座る。小脇に挟んでいた帳簿を開く。そして、ふところから付けペンとインク壷を出す。



 何だ、この女は帝国の人間か。優しそうだと思って損をしたな。帝国の奴が何の用だ。


「そこで、そちら様のご子息様をいただきたく存じましてまいりましたのでございます。もちろん、相当の地位におつけさせていただきたく存じます」


 深々と頭を下げてはいるが、感情のない声でサラリと言ってのけた。



 誰に何を聞いてここへ来たんだ。俺自身、そんな話はとんでもない。帝国なんかで何をしろってんだ。


「ウチのが逸材ですって?とーんでもない!どちら様で聞かれたのか存じ上げませんが、ウチのは丈夫なだけで、てんで駄目ですよ」


 じっちゃんがそう言っても、女は外見とは裏腹に強い意志を持った目のまま表情をくずさずに俺を見据えた。簡単に退きそうにはない。



 帝国は嫌いだと頑と言い聞かさなくては駄目だろう。


「せっかくのお誘いではございますが、誠に申し上げにくいのですが…何せウチのせがれは帝国嫌いでして、テコでも動きやしませんよ」


 俺が口を開こうとすると、じっちゃんが先に自分の顔の前で手を横に振りながら強く否定した。


 帝国の人間に堂々と帝国嫌いだって言うのも何だが、嫌いなもんは嫌いだ。もしそれにハラが立ったのなら、帝国の権力で捕えたけりゃ捕えろ。



「では、何としても帝国にはつきたくないとおっしゃるのですね?」


 女は声を低くして執拗に念を押してきた。


「そうだ。帝国の依頼は受けない。帰ってくれ」


 俺が言うと、女はニッコリと微笑んだ。何なんだ、気持ちの悪い。


 女は姿勢を正す。



「よく分かりました。では、あなたがたを信頼させていただいて申し上げます。私は中央帝国の人間ではありません。他言はなさらないでいただきたいのですが…私はティティスの王室の乳母でございました」


「えっ?帝国のかたではないのですか??」


 じっちゃんは驚きの声を上げた。女は深くゆっくりとうなずいた。


 ティティスの人間だったのか。けど、今度はそれを疑いたくなる。


「身の保全のためとはいえ、だますようなことをいたしまして申しわけありませんでした」


 乳母は立ち上がって深々と頭を下げた。


「いえいえ。私どもはイイんです」


 それに驚いたようにじっちゃんは立ち上がって乳母をなだめ、座るようにと両手で示した。


 乳母はようやく座り直した。



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