21、恐怖の前兆《挿絵》
「まあ聞け、話は途中だ」
こちらを見もせずに声だけで俺を制した。
仕方なく座り直す。
「この村にはな、昔から先祖の御霊に生贄を捧げる習慣がある。御霊が吸血鬼となって、夏の祭礼の夜に戻ってくると信じられている」
モントはキセルに火を入れた。
胸一杯の煙を吐き出す長い息の音だけが聞こえる。
「ワシがなぜこの村に移り住んだのか教えてやろう。ワシの作る武器を欲しがる輩がよくいる。武器を求める輩をおびき寄せて御霊に供するために…争いを好む輩をこらしめるためにワシはこの村に移り住んだ」
モントは一息に語り、再びキセルに口をつけた。
まとわりつく空気に重圧を感じる。息苦しい。
「まあ、あんたの場合は返しに来ただけだろうが、あんたもそいつらと同罪だ」
「どういう意味だ」
俺が思わず聞き返すと、目を上げたモントは口元だけに薄く笑みを浮かべた。
一歩も引かず、互いににらみ合う。沈黙の空気だけが無情にもその間を流れ続けていた。
イライラするような長い沈黙だ。早く言葉を継いでくれ。
「今宵がその祭礼だ」
静かだが、何事にも動かされない口調でモントは言い放った。
なぜか同時に、さっき見た明るい半月、濃紺の空、黒い影だけの森…うつろで鮮明な夜の風景が目に浮かんだ。
「村人がやってくる。すまんがワシはあんたらを突き出さねばならん」
言葉尻を待たず、ドンドンと激しく戸を叩く音がした。
俺たちを突き出す?なぜ、同罪なんだ?俺たちは武器を求めて来たんじゃない。
…だが、考えているヒマはない。
「アル、突っ切るぞ」
「?えっ?ええッ??」
蹴破ったかのような大きい音を立てて乱暴に戸が開けられた。松明を持った薄気味悪い連中が数人、押し入ってきた。
村人だろうか。全員が白い上っ張りを着、顔にはのっぺりと白くて表情のない仮面を着けている。
俺は振り返らず堪に任せて手を伸ばし、突然のことにボケているアルの腕を引っつかんだ。このボンヤリを引きずって逃げるしかない。
…と、一歩踏み出すが早いか、目の前にギラリと光る筋が見えた。ソレの元へと目線をたどらせると……モントが抜き放った細剣を俺の喉元へ突きつけていた。
「なぜ俺たちに危害を加える」
俺の問いにモントは苦笑した。
「何の巡り合わせだろうな、不思議なもんだ。憎しみのお陰で忘れもしない。あの時の将軍と手を下した兵士の顔は。そっくりだ、あんたは、あの時の少年兵の息子だ。息子のあんたに代わりに償ってもらおうか」
何だって?すると、親父がその時の…兵士だったってのか?記憶の停まっているあの婆さんが俺を間違えたのはそのせいか。
なぜだ?これは誰が仕組んだんだ?…それとも、人為ではない巡り合わせというものなのか?
身体の外を内を流れる血の記憶が互いを引き寄せ、こんな形で血塗られた憎しみに終止符を打とうというのか。
喉元の刃に動きを封じられ、たちまち白装束たちに腕をねじ上げられた。
今思えば、モントが俺たちを引き留めたのも、もどかしいくらいに悠長な態度だったのも、こうやって捕らえるための時間稼ぎだったというのか。
「どうするつもりだ」
縄をかけられながら横目でモントを見る。答えは分かっていたが、聞かずにはおれなかった。返事のようにギリッと荒縄が手首を締めつける。
「あんたらには生贄になってもらう」
あんたら?アルもなのか。かたわらのアルを見ると、同じように縄に自由を奪われている。唇をわななかせて白い顔をさらに蒼白にし、信じられないといった顔つきでおびえている。
「こいつは関係ない。息子は俺だけだ」
そう言っても村人は手を止めず、モントは黙って剣を鞘へ収めただけだった。