20、昔語り
長い沈黙が続いている。奥に見えていた赤かった炭も、いつの間にか闇に溶けていた。
「ヴァーバルの将軍が若干の供をつれて、どこかへ何かの用で向かう途中、この村に立ち寄った。将軍は故国ヴァーバルでは英雄と呼ばれていたそうだ」
まるで昔話でもするかのように、ゆらりと語り出した。モントの低く重い声に耳は自然とかたむいてしまっていた。
英雄か。そういえば三、四十年前、ヴァーバルが戦をしていた時代に勇猛な将軍がいた、と聞いたことはあった。
今、その将軍が生きているのか死んでいるのかは知らないが、生きていたとしても相当のジジイになっているだろう。
「ワシはその時、たまたまオンからこの村へ来ていた。鍛冶屋の駆け出しのころだったワシは、ぜひとも自分の作った剣を英雄と呼ばれるほどの人物に使ってもらいたいと思い、持っていた剣を喜び勇んで献上した」
モントは手にした細剣に視線を落とした。その献上した剣がこの細剣だというのだろうか?
なぜ、そんな話を聞かせるんだ?
「そのあとのことだ。その将軍に村の子どもが些細な無礼を働いたのだ。それに立腹した将軍は子どもをかばいに現れた父親を私刑に処した。自分の部下の、二十歳にも満たない兵卒の一人に命じ、子どもの父親を殺させた。…その若い兵士は命令に従った」
モントは一点を見つめたまま淡々と話した。
あの老婆が言っていたことがこのことなのだろうか。たいして俺と年も違わない兵士がそんなことをやらされたのか。したくないことをしたくないと言えないとはどうかしている。
だけど、人が人を殺めたとすれば、まともな頭でいるかぎり、どれだけつらい人生を送ることになるだろうか。
心を過去の彼方に打ち捨てて氷のように冷血にならなくては、その過ちにさいなまされ続けることは見えている。
悲劇は、その場のみに止まらず、相互いに後々にまで憎しみと哀しみの波紋を投げかけることだろう。
この、耳をふさぎたくなるような陰惨な話に、俺もアルも返す言葉は見つからない。ただそれを黙して聞くことしかできなかった。
卓上のともしびに馬鹿な蛾が飛び込み、たちまち跡形もなく燃え尽きた。
「しかも、使われた剣はワシの献上した剣だ」
モントも蛾を見たのか、ともしびに定めた視点を動かさず、感情もないままに言い放った。憤り、悔恨、あきらめ…どういう表現も当てはまらないような顔つきをしている。
重ねた年輪を感じさせるその顔を見て、依頼人の爺さんの顔が脳裏に浮かんだ。
一生涯、償いきれない一瞬の過ちか。
そうか、そうだったのか。あの依頼人の爺さんが、その英雄だったのか。それで償いのつもりで、死ぬまでに剣をモントに返そうと思ったのか。
「英雄などというものは表裏一体だ。たとえ故国では英雄だったとしても他国では悪魔のような存在でしかないのだ。英雄という名にほだされた己の浅はかさを恨んだ…奪うだけで何も作り出さない武器などという物に幻滅したのだ。ワシは武器を作るのをやめ、この村に移り住んだ。今は農機具しか作らない。考えてもみろ、武器で何が産み出せる?」
モントは言葉に合わせて憎々しげに灰皿の角にキセルを打ちつけ、灰を空けた。
同感だ。武器を持つから相手も武力で対抗しようとするのだろう。誰も武器を持たなければ、身を護ることも攻撃することも必要ない。武器を持つから使いたくもなるのだろう。
…だが、世の中、きれいごとでは片づかないことも分かっているつもりだ。
その蛮行は手柄を得ようとした兵卒が進んで手を下したものなのか、それとも強要されてだったのか、なぜか無性に聞きたくなった。そんなことは知らなくても良いことかも知れないが。
「その兵卒は進んで手を下したのか」
「さあな。今度会った時、直接聞いてみな」
モントは目も合わさず、突き放すように軽くあしらった。それから目の前の湯飲みを覗き込み、面白くなさそうな面持ちであおる。
今度会った時とは、どういう意味だ?そんな奴に会った覚えはない。それに、こんな話を俺たちに聞かせる理由があるのか?
「なぜ、こんな話を聞かせる」
陰湿な話に嫌な気分になっていたが、それはしだいに心の隅に芽吹く言い知れない焦燥感に変わってきていた。それをぬぐい取るように、努めて攻撃的な目線をモントへと向ける。
俺の問いかけに返事もせず、平然と次のタバコをキセルに詰めてやがる。
このジジイ、人の話を聞いてんのか。ジジイのくだらない昔話につき合っているほどヒマじゃないぞ。
俺は床に置いた自分の荷物をつかみ、勢いよく立ち上がった。