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19、鍛冶屋モント




 さっきまでついていた家の灯は、すべて消えていた。


 肥えた半月が夜陰を皓々と照らしているお陰で、目をこらすと家や畑がかすかに見えている。



 そう歩かない内に、村外れらしい一際ひっそりとした場所へ着いた。まばらな木々の間に二階建ての古そうな家屋が建っていた。


「ちょっとお待ちください」


 俺たちを家から少し離れた所でとどめ、男は入口の木戸を叩く。



 ややあって、ヌッと顔を出した男が老婆の息子が持つ灯りに照らし出された。作業着だろうか、白っぽい服を着、首からは手ぬぐいを下げているのが見て取れる。どうやら鍛冶屋のモントらしい。


「あの人がモントさんやろか?」


「そうだろ」



 二人は家の中へと一歩入り、何やら話し始めた。戸口には、こちらへ向けた老婆の息子の背中だけが見えている。


「何してはるんやろな…」


 本当だ。ずいぶんと待たされる。それに、コソコソと隠れて話をしているようで、こちらとしてはあまりイイ気はしない。



 アルは蚊に寄られないように立ったり座ったり、手足をバタバタやり始めた。お前が蚊除けになってくれるから助かる、と言えば怒るだろうか。



 見上げれば降ってきそうな星と明るい月。耳には虫の大合唱だけがうるさい。何のことはない平穏な夜だ。やれやれ、どうやら今夜中に片づきそうだ。



 空を仰いでいると話の終わったらしい老婆の息子が俺たちを手招きしているのが視界の隅に見えた。


 近づくとモントらしき初老の男は、色黒の顔に対比した白眼がちの鋭い目でジロリと俺を見た。白髪混じりの頭、無精髭にも白い物が混じっている。


「こちらがモントさんです」


 老婆の息子は手の平を上へ返して初老の男を差した。


「話は聞いた。入れ」


 モントは太い声で無愛想に言い、家の中へと消えた。


「では私はこれで」


 老婆の息子は頭を下げて、逃げるように帰っていった。アルはかたわらで心配そうに俺を見ている。



 開け放されたままの入口を入る。足を踏み入れた途端、熱気に包み込まれた。夜になってやっと退いていた汗がまたにじみ出す。


 中は薄暗い。入ってすぐの正面に上がり口があり、板間にかかる梯子が長い影を伸び上がらせている。


 玄関から右手奥へ長細く土間が続いているようだ。突き当たりは切り取ったかのように深い闇が口を開けていた。


 家の中にある物すべてがススと闇に黒く沈んだ色をしている。


 今しがたまで作業をしていたのだろう。炉の炭なのか、奥の暗闇の中にまだ少し赤い物がチラチラと見える。どうりで暑いわけだ。



「ワシに剣を返しに来たんだろ。違うのか」


 モントは首にかけた手ぬぐいで額の汗をぬぐいながら、かたわらの丸椅子にどっかりと座る。早く出せと言わんばかりに片手をつっけんどんに差し出してきた。


 俺は布包みを開き、モントのすぐ脇の机の上へ細剣を置いた。


 モントは横目で細剣を見、それを手に取った。そして、おもむろに抜き放つ。刃にサビも、こぼれ一つもないように見える。


 灯りにかざして刀身をながめたかと思うと、すぐに鞘へと収めた。カチリと澄んだ金属音がした。


「たしかに昔、ワシが作ったもんだ。遠路はるばるご苦労だったな」


 その言葉は俺たちにではなく剣に向かって言ったように取れた。



 俺は布を簡単にたたんでベルトに挿し入れながら、会釈をして立ち去ろうとした。するとモントは机を挟んだ自分の向かいの椅子を目線で差した。


「まあ、かけな」


 渡す物を渡し、やっと帰れるつもりでいたが仕方がない。むげに断るわけにもゆかず、俺はしぶしぶ荷物を床へ置き、目の前の丸椅子に座る。


 それを見届けてアルも同じようにして俺の隣の椅子に腰を下ろした。


 傷んでいるのか、椅子には不快な揺れがある。それに釘の出っ張りもある。どうも長居はしたくない。


 モントは机の上の木箱を開け、ゆっくりとキセルを取り出してタバコを詰めた。ろうそくの灯を火口ほぐちへ移し、渋い顔でタバコにつけた。


 たちまち部屋は吐く煙で充たされた。目にしみる。どうもタバコの煙は好きになれない。


 俺は羽織っていた上着を脱いで丸め、荷物に突っ込んだ。


「あんたらはヴァーバルの首都から来たそうだな」


 モントは煙と共に言葉を吐いた。さっきの奴から聞いたのだろう。



 それにしても暑い。額の流れる汗をぬぐう。




「…三十五年ほど前の話だ」


 キセルを持つ手を机の角で休ませながら、モントは遠い目をして静かに口を開いた。




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