16、吸血鬼?
日差しは強いが、風が吹いているからカラリとさわやかだ。その乾いた風は時おり強く吹きつけて髪を乱してゆく。
広い空には濃く白い雲が浮かび、遠くの山の向こうへと隠れてゆく。向かって走っているはずなのに、不思議と遠くの山は荷馬車の進むにつれて遠ざかってゆくように感じられた。
舗装された路は単調な揺れを起こさせた。景色と揺れのあまりの単調さに、だんだんと眠くなってきた。
「なぁ、ところで、ここら辺には民家もないから毎日野宿じゃないのかい?良かったらウチへ来ないか。今日は泊めてあげるよ」
眠ろうかとウトウトしかけていると、ブランは馬を操りながらほがらかに話しかけてきた。
泊めてくれるというのか。ならば何も意地を張る必要もないだろう。今もすでに厚意を受けていることだ。
「すまないが、そうさせてもらう」
「よし、任しときな」
今夜は寝ずの番も要らず、屋根のある所で熟睡できる。
そして、何よりも夏場の野宿の悩み、蚊遣も役に立たないほどの蚊の猛襲からの解放にアルも喜ぶだろう。
…………
ブランの家は畑の真ん中に一軒だけポツリと建っていた。その畑の背後には薄暗い雑木林が広がっている。
周囲に家はなく、完全に一軒家だ。村にも街にも住まないなんて偏屈な男だ。
妻があるようだが、病気で寝ているらしく、一階の一番奥にある扉の向こうに人の気配はあったが、結局は姿を現さなかった。
夜のとばりが下り、あとは眠るだけだ。ブランはこころよく二階の部屋を貸してくれた。こうして旅人でも泊めることが多いのか、よく使っているらしい小綺麗な客室だった。
「今日は泊めてくれはって、ホンマ、良かったなぁ~」
「ああ。それに、久々に人間の食う物を食ったな」
「せやなぁ!今日は久しぶりに人間の食うモンやったなぁ。……って、どーゆー意味やねん?!」
炊事担当のアルが突っ込んできた。アルに変な物ばかり食わされるが、別に不味いとは思っちゃいない。アルをからかうと、すぐにスネるから面白いだけだ。
手探りで枕元の燭台を引き寄せ、アルに何の断りもなく吹き消す。鼻をつままれても分からないくらい真っ暗になった。
「これから一生、ごはん作ってやらんからな!生米かじっとけ、バカまぬけ、アホたれ」
闇の中、捨て台詞を残してアルは静かになった。意外な理由で今夜は早く眠れそうだ。
涼しくなったのか、だんだんと蝉が夜中には鳴かなくなり、代わりに何かの虫がギチギチと静かに鳴いている。
夜の空気が澄んでいることを思い知らせるように、ほととぎすの透明な声が森に小さくこだましていた。
遠くに雷鳴が聞こえたかと思うと、急に叩きつけるような雨音がし始める。土砂降りが虫の声を流してしまった。
雨でも降ると、室内で眠れることの幸せをいっそう実感する。知らずに耳へと染み込んでくる雨の音にまぎれてしまうように、意識と身体とが溶け出して泥のように沈んでゆく…
「あーーっ!ちょ~待ちや、寝たアカンで!大変やッ!」
やっと眠れるかと思やぁこれだ。アルのすっとんきょうな声に強制的に現実へと引き戻された。胸の芯の辺りに心地よさの名残があるのが恨めしい。
何が大変だってんだ。どうせくだらないことだろ。
「何だ、小便か。ここでするなよ」
「さっき、ちゃんと大も小も、ひり出しといたわいな。…ちやう!それとちゃうねんッ!あのな、大変やねん!なぁ、まさかとは思うねんけどな、ここの人らな、吸血鬼かも知れんねん…!」
何だ、やっぱりくだらないじゃないか。また馬鹿なことを言い出しやがった。