15、ひざまくら《挿絵》
積んであった農機具を隅へと押しやり、二人で足を伸ばして座っただけでいっぱいになってしまうほど荷台は狭い。
車輪は悪路を踏み始めた。軽快な蹄の音が聞こえる。
「あんたら、兄弟か?よく似てるなぁ」
ブランと名乗った男は振り返らず、急に問いかけてきた。
アルとはあまり似ているとは思えない。まあ、髪の色や目つきの悪さは似ているかも知れないが。あとは細さか。…いや、意外に似ているかも知れないな。
「イヤそうな顔すんなや」
別に嫌な顔をしたつもりはないが、アルは俺を横目で見て不機嫌になった。
「年は…僕が当てようか?え~と、兄ちゃんが二十歳くらいで、弟君は十ほど離れているのかな」
すると、アルは十歳くらいに見えるということか。アルのふくれっ面が見える。
「ところで、何でこんな所を歩いているんだ?どこ行くつもりなんだい?」
「ヤム村まで行く用がある」
俺が答えると、ブランは急に手綱を引いて馬を止めた。お陰で荷台の俺たちはそろって前へとつんのめった。
「ヤム村だって?!冗談じゃない!そんなとこ行くつもりなら降りとくれ!」
ブランは振り返り、血相を変えて大声で言った。いったい、何なんだ?
「悪いことは言わんよ。ヤムは昔から夏の祭礼に、吸血鬼に生け贄を捧げる風習があるんだ。何千何万という吸血鬼が跋扈する村なんだ。ちょうど夏の祭礼が近い。生け贄にされたくなかったら行くのはやめときな。あ~、おっかねぇ」
吸血鬼に生け贄?アルも驚いて俺を見た。意見を求めている顔だ。
それでも行かないワケにはいかないだろう。それに、そんな非現実的な話など信じたくもない。
「分かった」
乗せてくれる気がないのならば、元どおり自分の足で歩いてゆけばイイだけのことだ。何のことはない。
俺は荷台を降りて歩き出した。アルも走ってついてくる気配がする。
「待ちなよ、やっぱり乗りなさい。行きがけの駄賃だ。乗せたげるよ」
十歩も行かない内に荷馬車から降りたブランが走り寄ってきて俺の肩をつかんだ。振り返って見ると、ブランは白い出っ歯を見せて笑いかけてきた。
荷馬車は俺とアルを乗せ、再び悪路を走り始めた。
しばらく走っていると、アルは自分の荷物の中から分厚い本を取り出した。それを開いて揺れる荷台で読み始めた。本の中ごろにしおりがある。この前、俺に勧めに来ていたヤツだろう。
「うえ~…気持ちわる!アカン、吐きそうなってきた…」
何ページか繰っていたかと思うと、急に本を閉じて顔をクシャクシャにした。馬鹿だ。そりゃ、酔うに決まってんだろ。
アルは気分の悪そうな顔をして、何の断りもなく俺の腿を枕にして眠り始めた。
いつもこうだ。手を差しのべるとすり抜け、こちらが拒む時に限ってじゃれついてくる猫のようにアルは気まぐれだ。身体に当たっただけでも怒るくせに。
アルほどではないが、男親しかいないせいか俺も身体を人に触れられるのは好きじゃない。それに、冷厳な親父の育て方の産物だろうか、肉体的にも精神的にも人に甘えるのも甘えさせるのも嫌いだ。
だけど、触れる生身の暑苦しさも温かみもアルのものならば、なぜか耐え許すことができた。その温かみに安らぎを覚えることすらある。
眠るアルに目線を落とす。たしかに言われるとおり、十歳そこそこに見えないこともないほど見た目も中身も幼い奴だ。
口を開けて、バカ面で、よだれを垂らして寝るなよ…。
だけど、その幼さが年の離れた弟のように思えて、俺自身、知らずに甘えを許してしまっているのかも知れない。いや、弟というより意地悪く言えば愛玩動物か?
それにしても今日は強い日差しが照りつけている。こんな日陰のない所で眠って大丈夫だろうか。
そばに落ちていた本人の帽子を眠るバカ面にかぶせる。荷台の床を見ると、女物の黒い日傘が農具に混じって転がっているのが目に入った。
「この日傘を使ってもイイか」
俺が問うとブランは肩越しにチラリとこちらを見た。
「弟君、寝ちまったのか。それ、女房のだけど使わないからイイよ、使っても」
農具の下で薄汚れているものの、貴族なんかが持っている物のように高級な作りに見える。
留め金を外して開く。所々に穴が空いているが、日差しに濃い影ができた。アルを日陰に入れる。世話の焼ける弟だ。
「弟君、かわいいね。大切にしてやりなよ」
肩越しにかけてきたブランの言葉に、とりあえず否定せずにうなずき返しておいた。




