5、地獄の甘味
「まあ、饅頭でもどうぞ」
「いただきます」
じっちゃんはジェンスに饅頭を勧めた。じっちゃんの知り合いからもらった饅頭を俺は朝から食わされていた…まるで餡のかたまりだ。何だってこんな物を大量にもらってくるんだろうか。
俺は甘い物は嫌いだけど、大量にあるから早く平らげないことにゃ三食が饅頭になってしまう…と、そこへジェンスがやって来た。
まあ、饅頭を食ってくれることだけは、この客人に感謝しなくてはならない。
だけども、その大量の甘い物は卓の上の箱の中で嬉しそうに順番を待っていやがる。やっとのことで一つ飲み込んだが、俺は一つでウンザリだ。
「ところで、最近、アル坊の奴を見ねぇが、病気でもしてんじゃねぇのか?…旨ぇなぁ。おい、嫌々食うなよ。せっかくのいただきモン、お前さんももっと食え」
「病気?」
二つに割った饅頭の片方を旨そうに頬張るじっちゃんの思いもよらない言葉に、俺は口をすすいでいた茶を飲み込んで思わず聞き返した。
「そうだよ。毎日のように顔を出しに来る奴が、ここんとこ六日も見てないんだぞ、六日も。ワシの勘だ、アイツに何かあったんだよ。って、食えって言ってんだろ」
じっちゃんは丸いままの饅頭を二つ同時に引っつかみ、隣に座っている俺の口へ強引にねじ込んだ。甘ったるい味が拡がり、胸もノドもつかえる。
「もう一つ、僕もいただいてイイですか?」
「どうぞどうぞ」
じっちゃんは笑顔で箱ごとジェンスのほうへ押しやる。苦しむ俺を尻目にジェンスは二つ目の饅頭をつまむ。
そういえばあの時、広場で鳩にエサをやってるのを見てから見かけない。俺も気にはなっていたけど、わざわざ口に出すほどでもないと思っていた。
「馬鹿に拍車がかかっただけだろ」
やっとのことで腹に収め、そう答えてから急いで茶を含む。不快さが緩和された。
「まったく、ひでぇよなぁ。親友なら、もっと心配してやったらどうだ。様子、見に行ってやんな」
「放っときゃ来るだろ」
俺は目を閉じて頭を掻きながら、半ば投げやりに言い返した。
「今日の昼飯晩飯も明日の朝も昼も夜もあさっての朝昼晩と毎日のおやつも饅頭なのと、どっちがイイんだ?もっともらってくるぞ」
じっちゃんは指折り数えながらまくしたててきた。まったく、恐ろしい脅迫だな。そりゃ、じっちゃんは甘い物が大好きでイイだろうけど…。
ジェンスは俺の顔を見てクスリと笑った。瞬時ににらみつけてやる。すると、ジェンスは目を細め、口をすぼめ、肩をすくめた。
「その代わり、これ持ってくぞ」
そう言って俺は、甘いのがギッシリと並ぶ箱にフタをする。並ぶサマを見ただけで吐きそうになる。だけど甘党のアイツならば、これくらいはたやすいだろう。名案だ。
「ハライタで寝込んでるんだったら食わせてやるなよ」
そりゃそうだろうが、ハライタだろうが何だろうが、何が何でも置いてきてやる。
箱を小脇にかかえて立ち上がる。
「僕は、もう少しいさせてもらってもイイかな?」
「勝手にしろ」
勝手にすりゃあイイ。何の用だか知らないが、どうせ来賓か何かがいて、城にいるのが窮屈で抜け出てきてんだろ。いつもそうだ。俺ん家は隠れ家や溜まり場じゃないってんだ。
上がり口に腰かけて靴を履き、居間の戸を開けて店のほうへ足を踏み出す。
振り返って見ると、じっちゃんは饅頭をくわえながら手を振っている。
「ヨロシク言っといてくれよ」
頬張りながらのじっちゃんの声に俺は振り返らずにうなずき返し、後ろ手に居間の戸を閉めた。
まったく、面倒な用事だな。