13、鍛冶屋を訪ねる
「おジャマします~…」
帽子を脱ぎ、独り言のようにアルはボソッと言いながら木戸を押し開けた。俺も続いて中へと入る。
鍛冶屋といっても店舗のようだ。中はガランとした部屋で接客用らしい椅子と机しかない。
俺たちが入ると同時に奥から男が顔を出した。四十代くらいだろうか。
「いらっしゃいませ」
「こちらにモントという人はいるか」
俺が問うと男は目を丸くした。
「モントさんにご用ですか?モントさんは私の師匠にあたるのですが、今はオンにはいらっしゃいませんよ」
「えっ?オンにいてはらんのですか??」
アルが大きな声で聞き返すと男は大きくうなずいた。いないとは、どういうことだ?
「ええ。今は北のほうにあるヤム村に住んでらっしゃるんですよ」
男の言葉にアルは上目遣いに俺の顔を見た。アルの顔には『どうする?』と書いてある。
いないのなら長居しても仕方がない。男に念を押して確認し、礼を言って店を出た。
「えらいこっちゃなぁ。どないすんねん」
愚問だ。どうするも何も、行くしかないだろ。
アルを伴って店から少し離れた広場へ出る。そこに堂々と根を張る木の根元に座って幹を見上げると、うるさく鳴く蝉が止まっていた。まだまだ夏は終わりそうにない。
俺が地図を広げるとアルがしゃがんで覗き込む。ちょうど見たい部分がアルの陰になった。邪魔だ。
手で追うと、やっとアルは気づいて横へ移動した。
地図ではヴァーバルとの国境にあたる山脈に沿ってリザス領内を北々西へ五、六日上がった所にヤム村が記されている。かなりの山奥だ。人里離れた山沿いを行かなくてはならず、野宿ばかりだという覚悟が要る。
「ホンマ、行くのん…?」
アルは、かぶった帽子の広いつばの下から心配そうに俺の顔を覗き込んだ。心配そうというよりイヤそうに見えるが。行かずにどうしろと言うんだ。前払いでカネをもらっているのに。
俺は地図をたたみ、立ち上がった。
「あっ!どないすんねん?!なぁ、やっぱ行く気なん?なぁ、帰らんの??なぁ、帰ろうや…」
「馬鹿。行くに決まってんだろ」
そう答えると、アルは深刻な顔をして見せた。
「大丈夫なんかいな。俺、イヤ~な予感すんねんけど…」
アルの言葉を無視し、買い出しへと急いだ。あまり日数を食って帰りが遅いと、じっちゃんが心配するだろう。
それよりもアルを預かっている身としては、アルの叔母さんを心配させては申し訳が立たない…そんなことだから、ボヤボヤしているヒマはない。
…………
夜。
少しでも早く目的地へ着くために街では宿を取らず、午後を移動に費やした。
…だが、やはりと言うべきか、野宿にしたことに対してアルがグチグチと口やかましい。こんな奴、つれてくるんじゃなかったな。
「なぁ~。思うねんけどな、急いでるからってな、何も街を素通りして野宿せんでもエエやん。それとも宿代ケチったんかいな。どケチ~」
お前のほうがケチだろ。
別に金銭をケチったわけじゃないが、どう取られようと、あえて返答はしないでおいた。多弁の奴と会話をするのも面倒だ。
「蚊ぁは、ぎょうさんおるし、ロクなことないわ」
アルは顔をしかめて手を振り回し、飛び交う蚊を追い払っている。
「あ~あ、人間らしく、ちゃんとした部屋で、布団で寝たかったなぁ」
うるさい野郎だ。グチばかり言うのなら、ついてくるなよ。
「…あっ!」
アルは荷物を探りながら変な声を上げた。
「何だ」
「あ……いやいや、何でもないよ!気にせんとき!」
アルは片手を振って強く打ち消しているが、ウソの下手な奴だ。気にするなと言われても非常に気になる。
しばしの沈黙。
「なぁ、例えばの話なんやけどな…例えばやで!例えば!本気にしたらアカンで」
「ああ。何だ」
「例えばな、夜になってもて、ウロウロでけへんようになってもてな、飲み水がお椀に一杯しか残ってへんねん。お前も俺もノドが渇いてました。そんな場合、あなたなら、どないしますでしょうか~?」
「何でそんなことを聞く」
「いやいやいや!仮にやんか!どないするかな~、思て…」
ノドが渇いているところへ椀に一杯しかない水か。自分は飲まずに、くれてやるか。だが、それをそのまま答えにするのは何となく決まりが悪い。
「そうだな…そこの木にでも飲ませるか」
「木ぃに?せやなぁ、木ぃさん喜ぶかなぁ?……って、まいてどないすんねん!人間は飲まへんのか?!」
楽しそうに騒いでいるが、どうもおかしい。何かを隠している態度と顔つきだ。
「ないのか。水」
蚊遣を火の隅にくべながら投げやりに問うと、アルは目玉だけを上へ向け、上の前歯を出してニターっと笑いながらうなずいた。
「うん!水筒さんがケガしとってな、中身、ぜんぶこぼれとってんで!」
アルは自慢げに言った。それじゃあ、椀に一杯の水もないだろうが。まったく、近くに川も何もないのに。
「まあ、そこは寛大な心でヨロシク。ってゆーか、考えてみたら無理やり野宿するお前が悪いんやろ!」
今度は逆ギレか。始末に負えない奴だ。