11、くそガキ×2
叔母さんの健康そうなうしろ姿をぼんやりと見送っていると、家のほうがにわかに騒がしくなった。
「待たんかい!このクソガキー!」
「悔しかったら取ってみ~ぃ」
十歳くらいの子を追いかけて、開け放された玄関からアルが飛び出してきた。アルに兄弟はいないから、字を習いに来ている子か何かだろう。ケンカをしているらしい。暑いのに元気なことだ。
「ちょー、待ってな」
アルが俺に気づき、こっちを見て言った。だが、俺に気を取られてアルにできた隙を突いて相手の子がアルの手にあった紙片を奪い取った。
「あっ!また取りよる!返せ!」
「い~や~。お前がボ~っとしとるからやろ」
「年下のクセにお前とか言うなよ!エエわ、お前のお母さんに言うたるからな、怒られ」
「エエよ、先生に言うたるから。お前こそ怒られろ」
よく見ると相手の子の両頬には、つねったのかひっぱたいたのか、赤いあとがある。
「うるさいわい!また、お前とか言いよる!どーでもエエから返さんかい」
アルが詰め寄ると相手の子は風のように玄関へ走り込んでピシャリと戸を閉めた。すぐに鍵をかける音がした。
「ムカつくなぁ!」
アルは追うのをあきらめて叫んだ。どうやらケンカは終わったらしい。似た者同士、どっちもどっちだな。
「何や。来んの珍しいなぁ!何の用やっちゅーねん」
かたわらの俺に向かってアルは怒りの続きの不機嫌な声で言った。
「ケンカか」
「ケンカってゆーか、いっつもアイツが生意気やねん。意地悪いしな、困っとんねん」
お前も生意気で意地が悪いだろうが、と言ってやりたかったが、よけいに当たられたくはないから口に出すのはやめた。
アルは赤い顔をして自分の袖で流れる汗を拭いている。このクソ暑い真夏に馬鹿みたいな長袖なんて着込んでいるから暑いんだろ。
「あれっ?手ぇケガしとるん?」
汗をぬぐう手を止め、ポカンと口を開けて俺の右手を指差した。
「ケガ?……やんなぁ?」
アルは心配するふうでもない。むしろ嬉しそうにニタニタと笑っている。この調子なら俺が死んでも笑っていそうだ。
「お前は俺と違て不器用やから、何か切ろ思とったけど手ぇのほうズバッと切ってもたとか?」
短刀で何かを削る仕草をし、二、三削り目に大きく切る動きをして手を止めた。それで手を切ったと言いたいのだろう。誰が不器用だ、馬鹿にしやがって。
「帰るぞ」
きびすを返してアルに背を向ける。
「うそうそ!じょーだんやがな!真に受けなや。何か用事で来はったんですやろ。聞かしてくれはりまっか?」
とっさにアルは俺の服をつかんで引き留めた。歯を見せてニタニタ笑って俺の返事を待っている。どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか分からん奴だ。
「せやけど、何でケガしたん?何で何で?何したん」
いかにも知りたそうに身を乗り出し、俺の服を執拗に引っ張る。
だが、親父にやられたってのを知られるのも格好が悪い話だ。
俺は返事の代わりにアルをひとにらみして目を伏せた。
「あー、あー、また隠し事やー。お前は隠し事ばっかり!ホンマ、俺ら友だちなんかいな。断固として隠し事、反対ッ!」
茶化して言う馬鹿は無視して話を進めることにした。
「外まで届ける仕事が入ったが、行くのか」
「仕事??行く行く!外って、どこまで行くん?アンタのためなら地の果てまででも、どこでも行きまっせ」
アルは目を輝かせる。まったく、単純な奴だ。
「リザス領のオンまでだから片道四日はかかるが、予定はどうだ」
「ヒマ人な俺にそんな予定なんかあるワケ……いや、ちょい待って。三日、いや、二日でエエわ!出発待ってほしい。お願いや」
アルは急に顔を曇らせた。
「用事か。だったらイイぞ」
「いや、用事ちゃうねんけどな。まあ、俺もな、色々とありまんねや」
アルは腰に両手を当て、胸を張って自慢げにごまかした。
自分のほうこそ隠し事をしているじゃないか…まあイイが。
「分かった」
別に期日があるワケじゃないから二日や三日は大丈夫だ。だが、何で待たなきゃならないのだろうか。
「ほってったらアカンで。ほってったら、あとで覚えとけよ!道中、俺おらなんだら淋しいやろ?えっ?淋しないって?静か?まあ、そう言わんと。せやから、明日、あさって…しあさっての朝、行くからな。覚えといてな!」
俺の鼻先に指を突きつけて一人でまくし立てた。うるさい奴だ。
それに対して俺は適当にうなずき返しておいた。