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8、白髪の来訪者



…………


 やっとのことで帰り着いた。


 扉の前で立ち止まり手の平で額をぬぐう。一呼吸おいてから玄関の戸を開けた。



 カウンターの前に置かれた椅子に座っている白髪の老人が目に入った。椅子は横向きで、ちょうどこちらからは横顔が見えている。


 客だろうか。肩までの髪はうしろへ撫でつけられ、地味で目立たない上下とも灰色の服を着ている。身体の割に大きい、ほとんど骨と皮だけの両手は杖の頭に添えられていた。



 俺に気づいて老人は目を上げ、こちらを見た。目が合う。八十はゆうに越えているだろう。少し背中を曲げていて小さく見える。深いしわの刻まれた顔、その中でひときわ鋭い眼光。見るからに身のこなしに隙のない老人だ。



「おかえり!」


 手を止めて帳簿から顔を上げたじっちゃんが俺を見て応対台の向こうから笑顔で言った。


 急に俺が現れたもんだから、老人は『コイツは誰だ?』とでも問いかけるような顔つきでじっちゃんのほうへ顔を向けた。


「お話の、次男坊ですよ」


 じっちゃんは笑顔ですかさず答えた。話って、俺のことを話していたのか。


「あなたがラルス殿のご子息ですか。お話どおり、よく似ていらっしゃる。お初にお目にかかります」


 老人は、しゃがれ声で言い、杖にすがってわざわざ立ち上がった。心もとない動作で俺のほうへ身体ごと向き直り、王宮の人間みたいな仰々しい礼をして寄越した。そんな礼をされると背筋がむずがゆくなり、身の置き場に困る。



 親父を知っているようだが、何者なんだ。武人だったのだろうというのは雰囲気から判るが。


 それにしても親父に似ているとは、もってのほかだ。社交辞令でも言われたくはない。


「おいくつですか?」


 老人は俺を見上げ、いきなり聞いてきた。


「十七だが」


「お若い。まだまだこれからですな。ところで、初対面で何なのですが、お聞きしたところによると、あなたは騎士になることを拒んでらっしゃるそうですが、どうしてです?」


 何だ、この爺さんは。『うるさい』と、ノドまで出かけたが、たぶん客だろうから、さすがに暴言は引っ込めた。


 そんなことを何で他人に詮索されなきゃなんないんだ。俺が拒もうが何しようが、あんたには関係ないだろ。しかも、それは過去の話だ。親父は昨夜、俺をあきらめた。もう俺は自由だ。



 見知らぬ老人をにらみつける。だが、老人のほうも簡単に退きそうにないようすだ。


 なぜか自信に満ちた顔つきで俺を見上げ続けている。口元には少し笑みを浮かべているが、そのほとんど色もないような目だけは鷹が獲物を狙う時のようだ。まるで射られるように鋭い。


 とても答えずには放してもらえそうにない。



「親父が騎士だからだ」


 俺が仕方なく答えると、老人は目を少し細めて眉間のしわを深くした。


「父上がそんなにお嫌いなのですか。どうしてお嫌いなのです?」


 声は一本調子だが、責め立てるように聞こえるのは、俺がひねくれて聞いているからだろうか?とやかくうるさい爺さんだ。


 答えずにこのまま部屋まで逃げ帰ってしまいたい。まったく、昨日といい今日といい、うるさい人間を突破しなければ部屋へは帰り着けないのか。



 親父のどこが嫌いかなんて、ひと言で言い表せるもんじゃない。けど、俺は親父の何を嫌っているんだ?言われてみれば、いったい何をだろう…自分勝手なところか、決めつけるところか…どうも違う。


「冷たいところだ」


 考えたあげく、そう答えた。すると老人はスッと目を細めた。



「冷たいですか、父上は。あなたの父上は温かい、本当は優しい人なのですよ。ただ、心を閉ざしているだけなのです」


 何を言ってんだ、この爺さんは。親父が温かい?優しい?閉ざしている?何のことだ。


「あなたに、このお話を請けていただくことはできませんか?この剣を届けていただきたいかたがいるのです」


 しばらく黙っていた老人は、やがて表情もなくじっと俺の目を見据えて言った。



 俺が黙っていると、老人は座ったままカウンターの上の濃い紫色の布をそっと開いた。中には柄の尻に赤い房飾りのついた細剣があった。それを手にして俺に見せる。だが、房飾りがついている以外は何の変哲もない、普通で地味な剣だ。見せられても仕方がない。



 じっちゃんが老人の向こうで、老人に分からないように俺へ向けて目配せしてきた。ハイと言えということだろう。何だか分からないが、とりあえずじっちゃんの言うとおりにしたほうがイイんだろう。


「分かった」


 俺が言うと、老人は静かに微笑んだ。


「かねがね思っておったことなのですが…私も老い先短い。心残りとなってはなりませんから。ぜひともお願いいたします」


 老人は座ったまま少し背を正して、俺へ向けて深々と頭を下げて寄越した。大人に頭を下げられると違和感があって、何となくバツが悪い。


 老人は手にした剣をじっちゃんのほうへ差し出した。じっちゃんは頭を下げ、宝でも賜るように恭しく両手でそれを受け取る。


「過ちは一瞬で犯せますが、償いは一生涯かけてもできないものです。あなたはまだ若い。立ち直れないほどの過ちは犯さないことです」


 老人は布に包まれてゆく剣を見つめながらそう言った。


 どういう意味なんだろうか。その言葉は俺へ向けて言ったのだろうが、あたかも剣へ向けて語りかけたかのようにも取れた。



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