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7、決闘《挿絵》




「取れ」


 静かだが厳しい口調で言い、片手で軍刀サーベルをつかんで俺のほうへ突き出してきた。突き出されたもんだから反射的に受け取ってしまった。


 手にすると、華奢な見た目よりもずっと重量があった。見覚えがある。親父がいつも持っている物だ。使い込まれていて、手擦れのした部分が鈍く光を映している。



 目を上げて親父を見る。陰になって表情はよく見えない。



「お前が頑なに私の跡を継がぬと言うのならば、私のかばねを越えてゆけ」


 目が合うと親父はサラリと言い放った。



 そういうことだったのか…そんな馬鹿な。親父に従うか、親父を斬り殺すか…乱暴はなはだしい無茶な選択肢しかないじゃないか。いくら相いれなくとも、殺したいとまでは思っちゃいない。



 俺が躊躇していると、親父は自分の腰の刀をおもむろに抜き放った。白刃に月光が映り込む。



「待ってくれ、何の真似だ」


「お前の道が拓けるようにしてやるのだ。遠慮はするな」


 遠慮も何も、剣を抜くってことは、ただ斬られるわけじゃなく応戦するつもりなんだろう。指南役まで務めている大陸随一と謳われる剣士なんかと誰が刃を交えたいと思うだろうか。少なくとも俺は思わない。



「待ってくれ。そんな、俺は…」


 親父は突如、見切れないほどの速さで軍刀サーベルをななめに振り上げた。



 一瞬、信じられなかった。


 剣を受け取ったままにぎっていた右手首を斬り込まれていた。少し刃先が触れただけでも、その切れ味は凄まじく、傷つけられた部分に触れた左手は暗がりでも分かるくらいべったりと血に染まっていた。



 そこまでやるか。親父は本気マジだ。



「お前はそんなに腰抜けだったか。悔しくはないのかね?」


 自分の中で、ふつりと何かの切れる音を聞いたような気がした。俺の悪いクセだ。馬鹿にされ、あとのことは途端にどうでも良くなった。



 剣を抜く。スルリと金属の擦れ合う冷たい感触が手指に伝わる。




挿絵(By みてみん)



 氷のように感情を持たない刃に白い月光が映える。少し考えたが、鞘は地面に投げ捨てた。還る場所を失った刀身は危ないくらいに美しく、気を緩めれば心のすべてを奪われてしまいそうだ。



 隙を窺う。だが、下段に構えた…いや、構えてもいない親父に斬り込む隙はない。



 じりっと威圧的な空気がまとわりつく。



 隙を見出だし右腕を狙い斬り込む…が、いとも簡単に刃で受けられた。反す刀で逆にふところを狙われ、俺はとっさに刃先を反し、それをすんでのところで受け止めた。


 その切っ先は恐ろしく機敏で、完全に受けたつもりでも、服の胸元が横に裂けていた。一歩間違えれば身まで切らせていた。


 鍔元同士のぶつかりに、俺は無意識に添えた右手を思わず引っ込めた。刀身越しに見える親父の顔には不敵な笑みがある…明らかに馬鹿にされている。


 柄の手を力ませ、どちらともなく相手を突き放す。



 一歩退いて間合いを取る。右手首の傷口には、もう一つ心臓があるかのように強い鼓動が感じられる。



 親父は片腕で正眼に構えた。俺も同じように構える。似た背格好、相対する利き手…まるで鏡でも見ているかのようだ。


 親父の威圧に屈さないように意を整え、強く見据えたまま全身で大きな息をつく。何度持ち直しても柄が汗ですべる。…苦しい、もう息が上がりそうだ。親父は呼吸の一つも乱していない。自分には、いかに無駄な動きがあるのかを思い知らされる。



 親父が踏み込むと同時に耳元で風を切る音がした。攻撃するどころか、身を躱すので精一杯だ。右へ左へ、なぶるように隙間なく攻め立てられ、袖も裾もズタズタにされる。


 上位に立つ者は、優位であるがゆえに、下位に対する侮りがその身にみなぎっていた。相手をもてあそび、残忍ともいえる余裕の笑みさえ浮かべている。


 その合間の隙を突くが、いとも簡単にその切っ先はすくい取られた。


 弾かれた勢いに均衡をくずし、俺は片膝をついた。地面に達するまでにねじ伏せられた鋒鋩は、そのまま親父の靴の下へと踏み押さえられた。と、同時に、一歩踏み出した親父は剣をにぎったままの手の甲で俺の右頬を殴った。



 反撃の一つもできない自分がいらだたしく、歯噛みするほど屈辱的だった。悔しい…悔しいが、あまりにも実力に開きがあり過ぎるのは否めない事実なんだ。


 考えている間も与えられず、いきなり振り下ろされた刃を危機一髪、両足の靴の裏で挟んで取る。


 そんなに俺を殺したいのだろうか?剣を取られ、座り込んだ形の俺にも容赦はない。



 靴裏で挟んだ刀身を横へ、ねじ伏せる。その勢いを借りて跳び起き、体勢をくずした親父の両肩をつかんで押し倒す。


 馬乗りになって踏み押さえた親父の右手から軍刀サーベルを力ずくでもぎ取る。


 同時に、かたわらに落ちている剣を拾う。二本の刀身を交差させ、親父の喉首に触れないように思いきり地面へ突き立てた。



 勝った。




 そのままの姿で親父は静かに笑った。


「早く殺れ。お前の勝ちにはならんぞ」


 そうだった。だけど、親父を殺すわけにはいかないことを、俺も、相手もよく知っている。心の中を見透かされているのが悔しかった。



 なぜ親父を、憎いはずの親父を刺し殺せない、臆病者め。


 そんなに大切な親父ならば、なぜ逆らってきた?


 親父に逆らってまでやろうとしてきた生き方は、その程度の決心だったのか?


 しょせん、俺は親父の支配下から抜け出せずにいるのか。

 結局のところ、反発ごっこをしていたに過ぎなかったのか…親父を憎みきってはいなかったのか?



 親父は俺に叩き込んできたつもりだったのだろうが、ちっとも俺は強くも冷たくもなりきれてないじゃないか、臆病じゃないか。




 明け烏だろうか、嘲笑うような声が森のほうからかすかに聞こえた。忘れていた川の水音が耳に届く。



 逆に腹立たしくなり、親父の首元をいましめている剣を力いっぱい抜き、少し先の砂利の上へと放り投げた。



 今さらのことのように額や背を汗が伝い落ちる。



 親父が退けと言うように手で払った。気がついて親父の上から退く。


 親父はゆっくりと立ち上がり、服の砂を払う。そして俺を見た。



 これから親父の意に飲まれなければならない自分自身にハラが立っていた。屈したことが悔しくて目を逸らす。




「よく分かった。お前のように人の一匹も斬れぬような腰抜けは、騎士には不向きだな。犬死にが関の山だ」


 親父は低くそう言った。一瞬、その意味は解らなかった。



 違う!俺は勘違いをしていた。


 …俺は勝てたわけじゃない。これが言いたくて…けじめを着けるため、親父はわざと俺に取らせたんだ。そうでもなけりゃ親父が敗けるわけがない。




 親父は無言で二本の刀を拾い求め、布で大げさに砂を払った。そのあとは静かに刀身を鞘へ収め、俺には目もくれずに川岸をぶらぶらと北へと上がって行った。



 その背中の陰と砂利を踏む足音が遠ざかってゆく。北には月明かりに浮かび上がる王城の影が遠く見えた。



 またしばらくは親父に会わなくて済みそうだ。




シリアスなのは、書いてて恥ずかしいですな(笑)

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