6、月夜の隔心
………
「起きろ」
とつぜん降ってきた声に目が覚めた。
いつの間にか、また眠っていたようだ。すっかり真っ暗じゃないか。
手にした灯りに照らし出された親父が見下ろしていた。また任務に戻るのだろうか、いつもの黒い詰め襟の軍服姿だった。きちんと軍刀も佩いている。
俺に何の用だ?
「ついて来い」
親父は、こともなげに短くそう言うと、部屋を出て行った。
暗がりの中、昼間に投げた上服を手探りで探して拾い、考えもなしに親父を追っていた。
家を出る。照りつけていた太陽から、まぶしいほどの月明かりに取って代わっていた。
何時くらいだろうか。道行く人影は見当たらないが、まだ蝉は鳴いている。
前をゆく親父は黙々とどこか目的の場所へ向かっているような足取りだ。右手には布の細長い包みを持っている。
目抜き通りをだいぶ東へ行くと大きな川へ出た。ちょうど移民街との境になる川だ。アルの家が近い。
橋を渡らず、大きな橋のたもとにある、石を刻んだ急な階段を下りる。目の前には切れ切れの月が浮かぶ川面が広がっている。
流れが涼しい音と風を運んでくる。河原の草むらからは虫の声がしていた。
川岸に沿って北へ、親父は何も言わず先に立って歩き続けている。砂利を踏みしめる音だけが川音に混じって単調に聞こえていた。まだまだシャンとした背中が黒く逆光に照らし出されている。
大昔には頼もしくて好きだったこともある大きかった背中。おわれた思い出もある。あこがれたこともあった。
だけど、どうだろう。今となっては背丈も並んでしまった。その背中も小さく見えることがある。言葉はないけど、その背中は何かを語っているようだった。
いつからだろうか、親父を恨めしく思うようになったのは。どうしてだろう、恨めしく思うのは。
意見の相違じゃなくて、何だろう、もっと違う感じの…母さんのこと?…親父の生き方のすべて?
違う。俺は親父に想われていない、その愛の中にいないと感じているから…そうだ、親父が俺を疎んじているからだ。
風がざわめいて草むらの虫の声を散らした。草が波のように大きくなびく。
河原を歩き続け、小さな橋を三つくぐった所で、ずっと五、六歩先を歩いていた親父が急に立ち止まった。いきなりのことで止まり後れ、ずっと保っていた距離が少し縮んだ。
広い河原の中ほどから左手に、ちょっとした森が夜空よりなお黒く広がっている。人の住む家はない。たしかその上には大きな墓地があり、母さんが眠っている。
立ち止まった親父はランプを地面へと置き、手にしていた布の包みを悠然と開き始めた。しだいに姿を現すソレは…一振りの軍刀だった。それを見た瞬間、血の気が引くのを感じた。
何を考えてこんな場所で、こんな物を出すんだ?あまりの腹立たしさに、ついに俺を斬り殺す気になったのか?