5、空虚な夕暮れ
服の尻で手の平をはたくアルの影が長く伸びている。眠っている内にだいぶ日は低くなり、部屋の奥まで橙色の光が差し込んでいた。
涼しげなヒグラシのよく通る声がしている。
何だか、なつかしい思いにとらわれる。いつの、どこでだったかは思い出せないまま無情にも指の間をすり抜けてゆくように消えてしまう感覚。たそがれの色あせた時が静かに流れていた。
こうしている間にも儚い時間を過去へと流してしまっているのだろう。
何の縁か、生まれも育ちもぜんぜん違うアルと、ここにこうして今の時を共にしている。
出会って八年が経つ。俺は十七、アルは十四…知らない間に、お互いこんな歳になっていた。冬の入り口には二人とも歳も増える。
だが、いつまでもこうして二人、寄っているだろうか。明日も、来年のこの日も、十年後の今日も。いつかはまったく違う場所で、互いに違う時間の流れに船を進めるのだろう。
友だと言っても、しょせんは他人だ。隠している部分があり、どこか一線を越えられない別々の囲いを持っている。
ふいに、何だかわけもなく虚しくなった。
ふと見ると、アルは無表情のまま何を考えているのか、俺の顔をぽかんと見ていた。
「何だ」
「…ん?ううん、何もないよ。お前の顔がおもろいから見とっただけや」
気楽な上に夢想家だ。どうせつまらないことでも考えていたのだろう。
目を閉じる。物売りの声が遠くでしていた。
「せやけど、エエやんか。ケンカできるお父さんがおるだけで。俺の父さん、もうおらんねんで」
何の前置きもなくアルはつぶやいた。そうだった。アルの親父は遠い国で、戦で死んだと聞いている。
だが、親父がいないのと、うるさいのと、どちらがマシだろうか。どうもその答えは出したくなかった。
「なぁ、何で騎士になりたないん。お父さんの言うとおり、なったげたらエエのに~」
冷やかすようにニタニタした声で言った。
「簡単に言うな」
「いったい何が嫌やっちゅーねん。いっつも教えてくれへんやろ」
目を閉じていて分からないが、おそらくアルはふくれっ面をしていることだろう。
そんなことは話すのも面倒くさく、黙っていた。
「どケチ!いけず!もうエエわいな。わしゃ、もう帰りまっさ」
冗談めかして言う声に目を開けると、上の前歯を見せて変な顔をしたアルが椅子から立ち上がるのが見えた。
コイツは何をしに来ていたんだっけ…。だけど、腹立ちだけはサッパリと忘れていたということを、閉まる戸を見つめながら思い出した。




