1、ヴァンパイア
『血の記憶』
私は貴族でした。今は落ちぶれてしまっています。
私には妻があります。しかし、病を得ており、久しく床を抜けることができずにいます。
細々と畑を耕してはいますが、何せ逼塞しているので、食べるのにも事欠く毎日でした。
やがて、妻の病状が思わしくなくなりました。しかし、食べる物も底をつき、いよいよ最期と思われたある日、旅人が一人、迷い込んできました。ただ一夜の宿を借りに来たのでした。
真夜中、眠る旅人を見て、私は悪い心が起きました…この人の血を妻に与えよう、と。
思ったとおり、すっかり旅人の血を飲み干した妻は少し元気を取り戻しました。
私は思い出しました。私たちは古く吸血鬼一族だったことを。
それから私は、近くの街道を通る旅人を言葉巧みに招き入れ、その血を妻に与え続けました。
その度に妻は元気を取り戻しました。その上、だんだんと若返っていったのでした。
今日、招き入れました、何も知らない二人の旅人が二階の部屋で休んでいます。
旅人は兄弟のようです。
私は、なるべく音を立てないように階段を上がります。でも、古い階段はきしみ、ぎしぎしと音を立てます。
…………………
近くを通ると、木の低い所に止まっていた蝉が鳴き声を立て、小便のようなしぶきをまき散らして飛び立った。
見上げると、怖いくらいに青い空が支配し、つかめそうな入道雲が山の端を飾っている。
肌の剥き出しの部分を今は真上にある太陽の光がジリジリと灼けつかせる。
歩いているだけで乾くひまなく流れ出る汗。毎日のことだが、今日は普段にも増して喩えようもなく暑い。ザッと夕立でもあって涼しくはならないものか。
じっちゃんの友だちであるオヤジさんの所へ、たまに早朝から借り出される。
オヤジさんは嫌いな人ではないけど、こき使われるのがツラい。じっちゃんの仲の良い人だから文句は言えないが。
郊外から目抜き通りの市場まで荷物を運んで店番を手伝わされ、さっきやっと解放されたところだ。
暑さも手伝ってめまいがする。夜明けのだいぶ前の時刻にいきなり借り出されたもんだから、寝不足で頭の芯は石でも入っているみたいに重い。
ハラが減ってはいるが、とにかく気分が悪い。メシを食うより風呂でも浴びて…いや、焚くのも面倒な話だ。適当に行水でもして、自分の部屋で明日の朝まで眠りたいところだ。
だけど、明日もまた早朝からオヤジさんに借り出される。
石畳の坂のてっぺんから陽炎が立ち上り、向こうに見えるはずの景色をぼんやりとしたものにしていた。
こんなに暑いと、よほどの用でもないかぎり出歩く馬鹿はいないだろう。途中、日陰で伸びて寝そべる犬しか見かけなかったくらいだ。