11、迷いの森 前編
《迷いの森》
一つ
迷いの森
おさのきに
……………
少し小高い丘へ着いた。そこから見下ろせる所は、見渡すかぎり黒く茂る木々に満たされている。かなり広範囲に渡って森が広がっているようだ。
歩いてゆく内に、まばらだった木々がしだいに密集し、森になってゆくのが分かる。いつの間にか迷いの森とやらに足を踏み入れていたようだ。
なぜか磁石もムダにグルグルと回り続け、まごつくばかりでまったく意味を成さない。もはや、方位があやふやだ。それが、この森を『迷いの森』と呼ぶ所以なのだろう。
「次、ここらでエエ?」
「うん。見えやすい所にね」
ジェンスが返事をするとアルは布きれを枝に結びつけた。ボンは歩きながら白い布を細長く裂いている。
こんな場所では目印をつけておくしか帰り道を確保する方法がない。だが、効果はあるのだろうか。
「でも、大丈夫なんかいな。帰りには、目印、なくなっとったらどないするん」
「はは、誰が取るって言うのサ」
「鳥とか~?人間かも知れんし」
「ハハハ、こんなとこに人間なんているかよ。いたほうが怖いヨ」
「おるかも知れんやん。それとかな、せっかく目印つけた木ィが歩いていって、場所変わっとったらどないするん」
「木が歩くわけないじゃんか」
「いや、分からんで~。木ィも進化しとるからなぁ」
アルがニタニタしながら言うと、ボンは軽く笑い飛ばした。つくづく馬鹿な会話だと思う。
「なぁなぁ、くだものの種食べてしもて、おなかから木ィ出てきた人の話、知っとる?」
アルが背伸びをして布を結びながら、誰にともなく言った。
「マジで、種食ったらハラから芽が出んのか?ヤベ~。オレ、スイカとか、だいぶ種食ってるゾ」
ボンが心配そうに答えた。
「あ~…もう残念やけど、ご愁傷様ですわな。もう夏やし、今にスイカ畑になるから楽しみにしとくわ。俺が収穫したるから安心し。ぎょうさんできたら売って、おカネにしたるから」
「売上の八割は畑の持ち主のオレのだかんな!」
「フツー、畑がおカネ要求せんでしょ。畑が請求してきたら農場の人が困るやんか。ってゆーか、俺のまったくの作り話やから本気にせんとき」
アルは意地悪くヒヒヒと笑った。
「そんなことよかサ、『おさのきに』って何だと思う?オレは『長の木』だと思うんだ」
「フッフッフッ、甘い甘い甘い」
アルは、チッチッチッと言って立てた人差し指を横に振った。
「『おさのき』は、『オッサンの木ィ』に決まっとるやん。オッサン所有の木ィやで、たぶん」
「はん!こじつけもイイとこだナ。オレは意見を曲げないからナ」
「あ~、別にイイですとも~。それぞれの好き好きやし~」
そういう問題だろうか?
大森林の平均的な木々の何倍もの高さを持つ大木の頭が見えてきた。アルの馬鹿な推理は度外視するとして、暗号の意味を普通に考えりゃ『長の木』だろう。それは森一番の大きな古木だと思われる。
しかし、それが見えてからが遠かった。帰りのために木に結んでいた布も途中で尽きた。途切れてしまっては道しるべの意味がない。
ようやく大木の根本へ着いた。その横には木造の小屋が建っていた。ちょうど中年の男が、その大木にからまるツタを鎌で切っているところだった。
「ちょっとお尋ねいたします」
「ああ、新しい勇者様。お久しぶりです、はじめまして」
ジェンスが話しかけると、男は変な挨拶をした。勇者とやらが来るのは久しぶりだということだろう。おそらく馬鹿正直に着けている、この恥ずかしいタスキで勇者一行と認知されたらしい。
「八つの秘宝の一つである水晶の鍵が、どこにあるのかご存知ですか?」
「ええ、はい。この、私の木の穴にありますよ」
そっけない態度で男は大木を示したかと思やぁ、今度は、いとおしむように幹を撫でて頬ずりを始めた。
「うわぁ…マジでオッサンの木ィやん」
アルがボソッとつぶやいた。あり得ないようなヒドいこじつけだな。暗号を作った奴のツラを見てやりたい。
「この木のウロに鍵があるにはあるんですが、実は大魔王の手先が住んでいまして。それが退かないことには鍵が取り出せんのです」
「大魔王の手先、ですか?」
「はい。それはもう、うじゃうじゃと」
「うじゃうじゃ…?」
うじゃうじゃという表現が少し気になったが、とりあえず問題の穴、ウロを探す。
「うっひゃ~~ッッ!キモ~ッ!」
手ごろな高さにウロを見つけて覗いたアルが変な悲鳴を上げて二、三メートル飛び退いた。
うじゃうじゃと、いったい何がいるんだ?
「アカン!お前は見んほうがエエ!……いや、ぜひ見てほしいわ。お前の大好きなかたが、ぎょうさん居たはるから。どーぞ」
俺が見ようとするとアルが言った。その言い方でだいたい察しがついた。またアレだろ。見るのをやめた。
「うわ~、気持ち悪ィ!」
ボンも同じように覗き込んで、すぐに飛び退いて嫌そうな顔をする。よほどスゴいのだろう。率先して覗かなくて良かった。
「こんなん、どうやって、どけるんですか??」
「ここから少し北へ行った所に泉があるんで、そこに住むエルフから不思議な笛をもらってくるんですよ。その笛を吹くと蜘蛛たちが出てきて音に従ってついてゆきますから」
「へぇ~!エルフやって!物語に出てくる妖精やんか。そんなんホンマにおんねんなぁ~。きっと、めちゃ美しかったりすんねんで!めっちゃ楽しみや!」
アルがワクワクしながら言った。非現実的な話だな。