7、寝耳に水 後編
「あちら側の城から路に迷って来たのですが、どこから帰ればイイのです?」
ジェンスがカゴに座ったまま爺さんに問う。一段高い所からで少し失礼な構図だ。
そこへ婆さんが戻ってきた。
「爺サマ、これ。閉めてきましたよ」
「よし」と言って爺さんは、婆さんの手渡した物をにぎって立ち上がった。赤いリボンのついた金色の大きな鍵のようだ。くすみもなく、純粋な黄金色に輝いている。
爺さんは部屋の隅を流れている水路へ鍵を投げ落とした。流れは速く、鍵はすぐに見えなくなった。部屋の中を水路が走っているとは変わっているな。
「何したんですか?」
「なーに、この国の規則に従ってもらうためじゃ」
爺さんはホッホと笑った。規則って何なんだ??とてつもなく嫌な予感がするのだが…。
「ワシらの国の規則ではな、この国に伝わる『伝説の冒険物語』を全うせんことには島から帰らせんというわけじゃよ。ここへ来た客人みんなにやってもらっておる」
「何だって??」
「ワシらは、この島、この国の門番夫婦じゃ。あんたらの来た路に婆サマが鍵をかけてきたんじゃ。その鍵を水の中に捨ててやったわぃ」
爺さんは、さもおかしそうに笑う。
ボンとアルは顔を見合わせてうなずき合った。それから爺さんの家を飛び出し、俺たちが元来た路へと二人で駆け出していったようだ。爺さんは、それを目で追ってニンマリとしている。
とんでもない話だ。ただでさえ無理やりつれてこられた上に変な理由で帰れないなんて。冗談じゃない。やり残してきた仕事は山ほどあるし、第一、じっちゃんが心配するだろ。
「国王様の御触れなんじゃよ。あんたらは宝の地図の紙っぺらに誘われて対岸の蜘蛛の城へ来たんじゃろ?」
城の名前を聞き、あの生き物を思い出して寒気がした。
「あの城が、この島への入口なんじゃ。ワシらのバラまいた宝の地図が世界中で出番を待っとるわぃ。あんたらみたいに欲深な奴らが、面白いように引っかかってウチへ来るわ」
そう言いながら爺さんは古い本と幅が二十センチくらいある長い布を数本まとめて渡してきた。本の表紙には『八つの秘宝』と書いてある。それらをジェンスが受け取った。
「これは何ですか?」
ジェンスは布を爺さんに示す。
「おお。説明を忘れとった。それはタスキじゃよ。この島にいる間は常に着けておいてくれ」
見ると、『歓迎すべし!勇者様御一行』とド派手にデカデカと書かれている。これを身に着けるのは恥以外の何物でもない。
「さて、今度はこっちじゃ。記念に名前と歳と出身地を書くのじゃよ」
爺さんの取り出してきた帳簿とペンをジェンスが受け取る。
「あんたらが、ちょうど千人目の挑戦者じゃな。ここ三年くらい挑戦者が来なくて淋しく思ってたところじゃ」
爺さんはフッフッフッと笑う。
そこへボンとアルが息を切らせながら戻ってきた。
「さっきのでっかい扉に鍵がかかってたヨ!ヒドいことするなぁ!」
ボンとアルは肩で息をしながら爺さんに突っかかる。
「ワシらに突っかかっとっても始まらんぞ。まずは王様のいらっしゃる宮殿を目指すのじゃ」
全員分の記帳を終えたジェンスは、爺さんに渡された本を眉ひとつ動かさずに涼しい顔をして読んでいる。地図の載っているページを開いているようだ。
「王様は、ここの宮殿ですね?」
「そうじゃよ」
冷静、というか、動じもせずにジェンスが言うと、爺さんはニタニタを強めた。
俺たち四人は、どこかしら図太い人間ばかりだが、中でもジェンスはズバ抜けて図太い。
…というか、空気は読まないし読めない。