6、寝耳に水 前編
《寝耳に水》
扉の向こうには、やっと長い路の終わりがあった。しかも、そこはいきなり生活空間になっていた。
爺さんが一人、ろうそくの灯りの中にいた。土間を上がってすぐの板間に座って縄をなっているらしい。
「やぁ、婆サマ、おかえり。その子らはお客さんかね」
「あいよ、爺サマ」
婆さんは俺たちのことを簡単に説明しながら火を起こした。
「そうかい。お客人は久しぶりじゃのぅ。ビショビショのままなのも何だし、まあ、こっちさ来て火に当たって座れ。なーんもないがの」
爺さんは薄暗がりの中、にーっと笑った。歯は抜け落ちているらしく半分くらいしかない。目つきもあやしく、かなり不気味だ。
婆さんはスッと席を外した。
俺たちは勧められるままに爺さんの近くの火のそばへ座った。今の季節、衣服などを乾かす目的以外には、あまり火に当たりたいとは思えない。
皆が床に座る中、いつまでもジェンスだけが突っ立ったままでいた。
「お爺様、申し訳ございませんが、何か腰かける物をお貸し願います」
ジェンスが言った。プライドなのか何だか知らないが、コイツは絶対、床や地面に直接は座らない。
爺さんは辺りを見回す。
「うーん、椅子なんて気の利いた物はないのう。…これでどうじゃ?」
そう言って爺さんは、そばにあった手頃なカゴを裏返してジェンスに渡した。
「あのな、今から重要なことを言うぞぃ」
爺さんは俺たちの顔を順に見て深刻な声色で言った。場に軽い緊張が走る。
「さっき、あんたらがハマった水は、ワシらの便所なんじゃよ」
「げーっ!」
ボンとアルは心の底から嫌そうに顔をしかめている。
「なーんていうのはウソじゃよ。ほっほっ」
タチの悪い冗談だな…本気で戦慄したぞ。
「さてと。冗談はさておき、まずはこの島のことを話しておくがの。ここはな、キノコ形の島なんじゃよ。知っとるかね?」
「うわ~!やっぱ、あの島か!」と、ボン。
「そうや!あの…ぷぷッ」と、アル。案の定、思い出し笑いをしてやがる。
「元々は普通の高地だったのが長い年月、波風に削られて奇妙な形になったんじゃ。言ってみればネズミ返しのような形をしてるんじゃよ。舟でも上陸できんぞぃ」
爺さんは聞かれもしないのに自慢げに島を語った。おそらく自慢なのだろう。
どうやら婆さんに案内されて歩いたあの長い地下道は海の下を通っていたらしい。上が海の水だったと考えりゃゾッとする。
まさか、あの島につれて来られるとは思いもしなかった。だけど今、くだんの島にいると思やぁ、運命というものの数奇なことに感じ入る。