25、肖像の鳩
中庭へ出ると静けさの中、どこからともなく小鳥のさえずりが聞こえてきた。ちょうど木陰に差しかかった所で立ち止まり、アルのほうを振り返って片手を差し出す。
アルは一瞬おくれて理解し、肖像画を両手で差し出してきた。受け取って裏を向ける。なるほど、あの壁にはこれが移っていたのか。木枠には、ぐるりと赤い文字が書かれていた。セレの詩だ。
「それ何?」
覗き込んでアルが疑問を口にしたが、説明するのも何となくわずらわしくて黙っていた。
絵を表へと返し、すぐそばの木の根本に立てかける。
略図のとおりだ。中央には色白で直毛の幼女。涼しげな切れ長の目をしている。元気そうだが、なかなか清楚な顔立ちだ。
王女の左うしろの額の中には、国王なのだろう、ヒゲを生やした威厳のある男が描かれている。美化されているのかも知れないが、目鼻立ちがキリッとしていて立派な人物だ。
絵を逆さに置いてみる。なるほど、本当に王女の服には巧く陰影を使って鳩が描かれている。
目の前には鳩が、肖像の鳩が、優しいきんもくせいの香りに包まれていた。
……………
ティティスを離れ、再びだだっ広い平原へと出た。
何キロほど歩いただろうか。少し高台になった所へさしかかった。どちらともなく立ち止まり、黙々と歩んできた道のりを身体ごと振り返る。
遠くの山にかたむく陽に照らされた、幻のようなティティスがたたずんでいる。ティティスにいたのは、まるで昨日、いや、幾日も前のことだったような気がした。
「なぁ…俺な、思うねんけどな」
かたわらのアルが口を開いた。
草原を走る風は、そよ風となって頬を撫でた。
アルはボンヤリと遠くを見つめていた。
「その絵もな、何も生きてる人らのトコにあったほうがエエとは思わへんねんけどな…」
つぶやきは渡る風へと溶けていった。煙みたいに薄い雲が茜色に染まり始め、たそがれが哀愁を深めていた。
高台からは、鳩の一団が群れをなして旋回し続けているのが見えた。鳩たちには在りし日の姿が見えているのかも知れない。
それは、あたかも街を、ティティスの廃墟を見守り続けているかのように思えてならない。
『肖像の鳩』おわり
《第2話へ、つづく》
お読みいただきまして、ありがとうございました。やっと第1話が終わりました。ちなみに、挿し絵の旋回する鳩っぽいのは、ワシが適当に描きました(笑)拡大すると笑えます。
ストーリーの順番、時代?からしますと、次に『八つの秘宝(俺の周りには…というタイトルのヤツ)』が来ますが、番外編あつかいにしてしまってますので、飛ばします(笑)。またよろしければ、そちらもご賞味あれ~。
彼らは、これからも成長してゆきますので、温かく見守ってやってくだせぇ。ご感想などいただけましたら、幸いでござります。