24、奇異な存在
何だ、何て表現すりゃイイんだ。太い蛇みたいな身体…その赤黒く毒々しい模様の腹には虫のような複数の足がうごめいている。その身体は人間よりも一回り大きく見える。
何よりも奇異なのはその頭だ。長くて黒い、振り乱した毛様の物がまとわりついている顔は、まるで人間だ。だけど、人間の顔にしちゃ口が裂け、とがった歯が露出して灯光にぬめりと光っている。それが椅子に座って俺のほうを窺っていた。
まずその姿の異様さに血の気が引き、背筋に冷たいものが走った。見たこともないような生き物だった。化け物としか言いようがない。
なぜこんな生き物がいるんだ…いったい何なんだ?
なぜ、こんな化け物が花を生けたりして、調度に囲まれてこの部屋に隠れ住んでんだ?
…いや、そんなことはイイ。とにかく化け物がおとなしくしている間に肖像画を取りゃイイんだ。
と、肖像画に手をかけようとすると、その化け物が牙をむいて襲いかかってきた。反射的にうしろへと退き、同時に鯉口をきって化け物と対峙する。…殺らなきゃ殺られるか?
ランプを高くかかげる。護身刀を左手だけで正眼に構え、間合いをとる。揺れ動く光と影の中で、化け物の眼窩にはまった石のような両眼が俺を捕えている。
「アカン!斬ったらイカン!」
アルが意外なことを叫んで俺の左腕に飛びついてきた。
「何言ってんだ」
「アカン!あんなに哀しそうな目ェしてるやん!絵ェ取られるから怒ってんのやろ!」
お前は、いったいどういう感性をしてんだ?哀しそうも何も、俺には不気味な化け物にしか映らないぞ。今も、ドロリとにごった、怨みのこもる白眼でこっちを見ているじゃないか。
「そんなん、傷つけたらかわいそうや!」
アルは強く首を横に振り、どこから出してるんだと思うくらいの力で、身動きできないほど強く俺の腕を抱きかかえる。泣き出しそうな顔で懇願するように俺を見上げている。
どうして化け物をかばうんだ?殺られてもイイってのか?…いつも臆病なくせに、どういう風の吹き回しだ。ワケが分からない。
化け物を見据えながらアルの顔をチラリと横目で見る。いつもの冗談なんかじゃなく、珍しく真面目そのものの顔をしている。まっすぐに見つめる目は頼み込むように真剣で、すがりつくように懸命だ。
何だか分からないが、お前がそう言うのなら仕方がない。できるかぎり傷つけずにおこう。
「分かった。できるだけそうする。俺が囮になるから、お前が絵を取れ」
化け物を見据えながらそう言うと、アルが嬉しそうな雰囲気で大きくうなずくのが視界の端に入った。
絵を取るアルから化け物を遠ざけるために、部屋の反対側へゆっくりと移動する。しめたもんで、化け物は完全に、俺に気を取られている。というより、標的は俺だ。
アルはランプを調度の上へと静かに置き、そっと壁から絵を取る。そしてランプを再び片手に、絵を小脇にかかえて引きずるようにして脱兎のごとく横っ跳びに外へと飛び出した。感心するほど逃げ足だけは速い。
それを見届け、ホッとする。だけど、よく考えりゃ俺は安心していられない。
突然、化け物は太い胴体をしならせ、全身をバネにして力まかせに喰らいついてきた。間一髪、何とかよけたが、袖口を鋭い歯牙に食いちぎられた。
約束だ。化け物に刃向かわないようにギリギリのところで振りきり、鏡を退けた入口から外へと飛び出した。
開け放された戸から廊下へ出る。刀身を鞘へと収め、すかさず扉を固く閉めた。
その様子をアルが、絵を大切そうにかかえたまま固唾を飲んで見ていた。
扉の向こうへ耳を澄ますが、どうやら化け物が追ってくる気配はないようだ。
大きく安堵のため息をつきながら高い小窓を見遣ると、さっきのことは夢か幻だったみたいに思えた。そこには絵のように切り取られた青空があり、平穏な時が止まっていた。