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23、鏡の中


……………



 右の棟、一階の真ん中の部屋の前へ着いた。


 大きな木の扉の取っ手に手をかける。鍵はかかっていない。軽い感触とともに扉は開いた。



 だが、屋内を見て愕然とした。左の棟の部屋と同じく、がらんとした廃屋そのものの荒れ方をしている。


 予想は外れたか。やはり、ない物はないのか。それに、セレはティティスとは関係がなかったのか…。



「なぁ、鏡、一枚だけ残っとるわ。何か、きしょいなぁ。呪われとったりして、コレ!」


 アルが部屋の右、ちょうど開けた戸の陰になっているほうの壁を指差して言った。そこには古ぼけた姿見があった。たしかに、こんな廃墟で鏡が一枚だけってのは何だか気味が悪いな。



 縁の飾りも外れてしまい、鏡自体の角が露出している。ヒビこそないが、砂ぼこりに薄汚れている。


 金銭的価値がなさそうだからか、好んで持ってゆく者もなく、こうして鏡の部分だけが忘れられて残っているのだろう。



「なぁ…!ちょっと!そんなん近づきなや!うわっ、ってゆうて、化けモン出てきて鏡に引き込まれても知らんで~」


 俺は無意識に鏡に歩み寄っていたようだ。



「こんな鏡、真夜中に見たら、自分の死ぬ時の顔とか見れたりすんねんで~。ヤバ気味やし、怖いから見んとき!」


 アルは顔をしかめて自分の顔の前で強く手を振りながら恐ろしそうに言っている。いったい何の話なんだ?お前は変な本の読み過ぎだろ。


 鏡の前に立つ。俺が目を吊り上げたキツい表情をして、鏡の中から俺をにらんでいる。死相こそ映ってはいないが、親父によく似た冷たくて厳しい顔をしている。イヤだな。





 鏡か…。





 『鏡の中の私も…砂つぶのごとく少しずつ少しずつ、時という風に削り取られ…』





 砂の行き着く先は…鏡の中だ。




 俺は鏡を両手で支え、そっと横へとすべらせた。


「こらぁッ!何しよんねやッ!恐ろしいことすんなよ!…の、呪いが~ぁ!!」


 アルが変な声で叫んだ。うるさい野郎だ。


 ジリッと鏡と床とがすれる感触が手に伝わる。割れないように気遣っているからなのか、意外に重い。



「ありゃ~、壁、穴、空いとるやん」


 鏡を退けたあとには鏡とほぼ同じ大きさの闇が口を開けていた。


 中は真っ暗だ。おそらく窓のない隠し部屋か何かなんだろう。



 ランプを取り出して火をともす。


「もしかして、入るん…?」


 アルの言葉に当たり前にうなずき返した。



 アルは何やらブツブツひとりごとを言いながら半分泣きべそをかき、しぶしぶ同じようにする。



 ランプを片手に中へと踏み出す。すると、なぜか、きんもくせいのにおいが強くなった。


 部屋の中に調度品が並んでいるのが揺れる灯りに照らし出された。棚、花立て、椅子、机。物に圧迫されるように狭い部屋だ。



 腕を伸ばし、左へ右へと灯りを向ける。光がなめるように動き、影が長くなったり縮んだりした。


 いくつもの花立てがある。それには、きんもくせいの束が生けられている。不気味だ。こんな部屋に誰が花を?誰かいるのか?



 正面の壁には堂々と紋章がかかげられている。ティティスの紋章『貴鳩の紋』だ。両翼を力いっぱい羽ばたかせ、鳩特有の胸を張り出して翔び立とうとする堂鳩の姿をかたどった物だ。


 そういや、この部屋へ来るまで、城下街でも城でも、一つも国章を見た記憶がない。敗れた国の紋など、ことごとく勝者が取り去ってしまうからだろうか。



「あっ!あれやろ」


 俺にしがみついたアルが大声で言い、貴鳩の紋章の右方向を指差す。


 見間違えはしない。そこには略図のとおりの肖像画がかけられていた。夢のようで、逆に目を疑ってしまう。



 自然と顔を見合わせてうなずき合う。言葉にしなくても自然に、その役目は俺にゆだねられた。



 ゆっくりと歩み寄る。





 その時、異様な気配を感じた。それは、気配というより殺気と呼んだほうがイイか。


 右うしろの気配のする方向を振り返り、灯りを向ける。そこには、信じられないものがいた。




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