22、絵の有り処
五歩、十歩…足裏はもとより満身の力で踏み切る。
靴の下には重く確かな感覚。悪くはない。
再び片足が地に着くと同時に、硬いハズの床に足をとられた。信じられないというか、やはりと言うべきか、対岸の脆い床が着地の衝撃に崩れた。とっさに体重を前へとかけて落下を逃れる。両手をつき、全身で着す。
バラバラと破片が落ち、下の階からは、それらの当たる音が断続的に聞こえてくる。
何とか無事に飛び越えたようだ。
立ち上がって手の平をはたいて砂粒を落とす。服の汚れをはらいながら対岸を見遣ると、アルは座り込んでいた。
「そこで待ってろ」
「…お前、めちゃくちゃしよるなぁ。俺、寿命、縮んだわ…」
そういう俺も自信はなかったが。
「行きより帰りのほうが、距離、伸びてますけど~。帰り、どうしはるん?」
「その時は、その時だ」
「…はぁ、イイ加減なやっちゃな~。お前みたいなんが長生きすんねんで」
アルは呆れ顔でため息をついた。
向き直って目的の部屋を目指す。全部で五部屋の真ん中だから、三部屋目は中央にあたる。
密度が高そうな木でできた一枚扉がある。取っ手をつかんで押すと、抵抗もなく開いた。
長い間とどまっていたような、何とも言えない陰気な空気が漂ってきた。だけど、室内の窓ガラスはほとんど粉々で、空気のよどむハズはないのだが。
部屋にはカーテンや調度品が何一つない。見渡しても、剥がれ落ちた壁や調度のカケラが散乱しているだけだ。
もちろん、目的としてきた肖像画があろうハズもない。念入りに捜すまでもなく、ちゃんとした形の物すら一つもないからだ。おそらく荒らされでもしたあとだろう。
案の定、という気もしないでもないが、ここまで来ていながら悔しいなんてもんじゃない。肖像画も持ち去られて、すでに売り飛ばされでもしたのだろう。
依頼人は、城がここまで荒らされていることは予想してなかったのか。手ぶらで帰らなくてはならないことにハラが立った。
『元の場所にかけてあるとイイが』と言っていたセレの感慨深い表情を思い出した。
セレの言うとおりだな。こんなに荒らされている廃墟だ、王族の肖像画なんて残っているほうがおかしいだろう。
ふと、何気なく上げた目線の先、目の前の壁の高い部分が目に留まった。汚れとは違う赤いシミが、壁にキレイな形の四角を描いている。
四角の範囲は戸板の半分くらいの大きさで、ちょうど乳母の示した絵の大きさを思い起こさせる。
それは左右逆に書かれた一センチ角ほどの文字の羅列のようだ。まるで鏡に映したかのように逆向けに書かれている。壁がなめらかな質感だからか、判で捺したように貼りついている。ところどころ薄くなってはいるが、何とか読める。
『時の中にあるものは、永遠には止めおけない。栄える国も、鏡の中の私も…』
セレの言っていた詩か!
そうか…セレは肖像画が『元の場所にかけてあるとイイが』と言っていたが、王女の肖像画が『かけて』あるのか、しまってあるのかなんて、見た者にしか分からないハズだ。……それは考え過ぎか?
砂時計を手渡して意味ありげに語った言葉、厭世の世捨て人、きんもくせい…全部、このティティスの滅亡に関係があったんだ。
おそらく、王女の肖像画は、あの画工のセレが描いた物だ。
そして、この部屋から肖像画を持ち出した者は賊なんかじゃない。描いた本人、セレだ。そうに違いない。
詩に意味があるとすりゃ、肖像画は砂時計の反対側、この部屋とは全く逆の位置、右の建物の一階だろう。
自分なりに整理し、納得しながら部屋を出た。
部屋を出て左を見遣ると、小さな窓から差し込む日だまりでアルはヒザをかかえて丸まり、ボンヤリ待ちぼうけていた。
俺を見つけるなり立ち上がり、穴の縁まで駆け寄ってきた。しっぽを振って寄ってくる飼い犬を連想してしまっておかしかった。
「あれっ?絵ェは?」
「なかった」
穴の縁まで戻りながら、そう答える。
「なかった~??なかったらアカンやんか!どないすんねん。あきらめるんか」
「いや、場所が違った」
「えーっ!!場所ちゃうんかいな!って、誰が間違ってん?俺、違うで。お前かいな」
「違う。砂時計だ」
「砂時計?ああ、砂時計さんね~…って、何やねん、ソレ!誰やねん」
それには答えず、来た時と同じようにして距離の伸びた穴を跳び越えて戻った。