21、王城にて
きんもくせいの林を抜けると建物の手前に入口が見えた。もうすぐ肖像画を手にすることができそうだ。
両開きの鉄の戸は少しすき間が開いていた。鍵はかかってはいないが、錆びついているのか必要以上に重い。
足を踏み入れると、昼間だというのに屋内は薄暗かった。晴天の明るさに慣れた目だからだろうか。
左手奥を見遣ると、内部を貫く長い廊下が延々と続いていた。さっき外から見えていた窓だろう、向かって左側にある小窓から取り込まれた光が長い廊下に陰と光を交互に並べている。
床には瓦礫のかたまりや壁の破片に交じり、何だかよく判らない物が落ちていて薄気味悪い。白い漆喰の壁は苔かカビか、やけにシミで薄汚れている。
生きているものは何もいない。もちろん、何の物音もなく静まり返っている。
入口近くの奥まった暗がりに、螺旋状らしき曲線を持つ階段があるのが見えた。見取り図のとおりだ。
靴音の反響がこもる階段を昇る。時計回りに、時をつむぐかのように続いている。
「なぁ、肖像画は五階?」
「そうだろ」
五階へ着いた。
「うわ~!ヒドいなぁ!見てみ、でっかい穴、空いとるやん」
先に五階へ着いたアルの騒々しい大声が聞こえてきた。螺旋階段を抜けて右の廊下を見ると、ここから十メートルも離れていない場所の床がゴッソリと抜け落ちてしまっているのが目に入った。
床は両端がわずかに残っているばかりで、そこから階下が見えている。その両端に残っている部分なんて、とてもじゃないが歩ける幅じゃない。
「もうちょいやのに~。なぁ、どーするん?」
悔しそうな声で問いかけてきた。問われるまでもなく、渡れないならどうしようもないだろ。
図を見たかぎり、穴より向こうに階段はないようだ。
「どっかに大きい板、あらへんかなぁ。橋にしたらエエねんけど。なぁ、板、どっかに落ちてへんかった?」
そりゃそうだが、この穴に橋をかけるくらい大きな板が、あの狭い螺旋階段を通るわけないだろ。
アルが穴の縁から下を覗き込む。しかも、かなり身体を退きながらだ。そういや、コイツは高い所も苦手だったな。
「うわ~、高ッ。こんなん、羽根あらなアカンわ。なぁ、思わん?」
そうだな。だけど、羽根なんてなくても飛び越えられなくもなさそうだ。アルを放っておいて俺だけでも飛び越えられりゃイイんだ。
「ちょ~、何すんねん。アンタ、何か、良からぬことを考えてはりませんか?」
俺が荷物を下ろしたのを見て、アルは目をぱちくりやって心配の色を強めた。
「ちょっと、何すんねん!跳ぶんとちゃうやろな!?お前、頭、大丈夫か!?やめとき、めっちゃ危ないって!」
とっさに俺の腕に取りついて金切り声を上げた。
「お前、アホか!ってゆーか、ずばりアホそのものやん。そんなんして落ちてもて、ホンマに羽根生えても知らんで」
アルの腕を引き離す。廊下の端まで目一杯、助走の距離をとる。
言われなくたって危ないのは馬鹿でもないかぎり解るだろ。まあ、その馬鹿が俺だが。
穴の縁は脆く崩れそうになっているのも見て取れる。やってから後悔するかも知れないが、やらずに帰ると、もっと後悔するだろう。
穴の前で立ちつくすアルをにらんで、退けと手で追い払う。頑固な俺に何を言っても聞かないことを知っているアルはあきれ顔をしている。
抑止をあきらめて壁際へ寄り、顔を壁のほうへと背けた。おそらく見るのも怖いのだろう。
踏み切る場所に見当をつける。対岸をにらみつけて全力で駆け出す。