20、きんもくせい
石畳は真っすぐに伸びていた。
ここにはかつて、彼らティティスの人間の営みがあった。俺たちみたいなよそ者を、何か押し返そうとするような気を感じる。彼らの想いは今なお、ついえてはいない。
中ほどで折れて倒れた柱、ところどころ剥がれた石畳、欠けた石像…廃墟になってしまってはいたが、その遺物の間には緑が絨毯のようにあふれ、主なき城で花は咲き乱れていた。
城壁の外とは、いったいどこが違うのだろうか。城壁の外は、枯れ草が風にそよぐ、うら寂しさが占めていた。逆に王城は地上の楽園と呼びたくなるくらい、人知を超えた無機質な自然美にあふれている。
なぜだか分からないが、ここは淋しいんじゃない。何て言うんだろう…静粛か。
あの乳母もここで幸せな日々を送っていたのだろう。
このどこかで王や王女たちの笑い声がしていた日々があったのだ。そう思うと、時空を越えて柱の陰からひょっこりとその幸福の名残が姿を現しそうだった。
真っ正面のひときわ大きな建物を左へ回り込み、裏手にあたる奥の建物を目指す。
「エエにおいせぇへん?花みたいなにおい」
そう言われても、においは分からない。
建物の外側をぐるりと柱が縁取って立ち並ぶ回廊を抜ける。その裏手へ回り込もうとした時、嗅ぎ覚えのあるにおいが、やっとしてきた。
いつも感心するのだが、アルは動物並に鼻が利き、誰よりも先ににおいに気づく。
建物の角を曲がると、中庭にその正体はあった。
目の前に立ち並ぶ双子の高い建物がある。それを背景にして、黄色い小さな花をたくさんちりばめた木が中庭をうめ尽くしている。きんもくせいの林だ。
「すごい数やなぁ…セレさんトコのんと、どっちがすごいやろ」
誰もいなくなってからでも、誰に愛でられることがなくても、巡る季節を忘れることなく花をつけている…当たり前のことだろうけど。
林の中へと続く通路を歩き出すと、そこには濃厚な香りが立ち込めていた。
「なぁ、見取り図、俺にも見して」
歩きながら見取り図をアルに手渡す。アルは受け取ると、さっそく開いて図と建物を見比べ始めた。それから、図の向かって左の棟を指差した。
「えーと、この建物なん?」
「そうだろ」
「ホンマ、言うとおり、砂時計みたいな形の建物やなぁ」
アルは感心して図から視線を上げ、今度は双子の建物を仰ぎ見た。
双子の建物には窓が無数にある。窓の様子からして五階建てなのが分かる。
ちょうど真ん中の階、三階にだけ左右の双子の棟同士をつなぐ渡り廊下がある。その渡り廊下の上下には半円の弧を内に寄せたような形の飾りがついている。寝かせた砂時計そっくりの外観だ。