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19、忘却の廃墟

ティティスの廃墟は、FF6の曲『死界』を脳内BGMにして書きました。廃墟には、吹き荒ぶ風と抜けるような青空が似合う。


…………………………





 どこからだろう。風に乗って鐘の音が聞こえてきた。



 山々に囲まれて果てもないほど遠く続いていた平原の向こうに、河の流れが東西に渡っているのが見えた。森を分けるように流れている。


 その上流にあたるのだろうか、河につらなる小高い丘には明らかに人の手による建造物の群れが見え始めた。





 近づくにつれ、しだいに形がハッキリとしてきた。空の青さに目を細め、額に手をかざして見遣る。高い塔や城壁の直線的な物影…間違いない。城だ。ティティスに着いた。



 どちらともなく顔を見合わせ、言葉もなくうなずき合った。だが、ティティスの過去を想うと、近づけば近づくほど自然に歩みは重くなる。



 天然の河堀と街壁にぐるりと囲まれた城下街の入口、降りたままの跳ね橋を渡る。


「あっ、魚おるわ」


 アルは嬉しそうな声で言い、跳ね橋の中ごろにしゃがみ込んだ。


 整備なんてする人間があろうはずもなく、橋には板の抜けている箇所がある。隙間の向こうの澄んだ流れには、長い髪のような水草と泳ぐ小さな魚とが見え隠れしていた。


「行くぞ」


「え~、もう行くん?もうちょい見てたかったのに!」


 アルは立ち上がり、ブツブツ言いながらついてきた。



 壁の崩れかかった門をくぐって街へと入る。抜けるように高く晴れ渡る空が一番初めに目に飛び込んできた。すがすがしさのせいか、その下に立ち並ぶ形の崩れた家々が、やけに異様に見える。


「めっちゃヒドいなぁ…」



 どう見ても、くつがえしようもない廃墟だ。滅びたのは十年も昔じゃないはずなのに、まるで風化した古代の遺跡みたいじゃないか。人が住んでいないだけで、こんなにも短時間で、こんなにも荒れてしまうとは。



 鐘の音がし、真上を見れば、今し方くぐったばかりの門の上につながる高い塔の鐘がひとりでに鳴っていた。


 昨晩の嵐の吹き返しなのか、時おり強い風が駆け抜け、店の軒下の吊り看板を揺らす。



 見渡しても、もちろん人影はない。猫一匹さえもいない。耳に届くのはバッタの声くらいだ。それも枯れ草のようで、生命に乏しい。


 小高い丘にある城を目標にして、荒れた石畳を歩き始める。



 戸板は外れ、壁も半ば崩れた家が目に入った。さぞや急襲だったんだろうな。入口すぐの卓の上には、土のかぶった食器類がそのままになっている。


 そこには、歴史に残らない名もない人間たちの息吹を感じる。無感情な遺物のはずなのに、表現しがたい哀しさが立ち込めていた。




 一時間も歩いただろうか。荒廃した生活の跡を抜けると、突然、視界が開けた。


 かつては整地されていたと思われる広場らしき所には背の高い雑草が生い茂っていた。それが風に従って大きく波打っている。


 その向こう、かなり遠くに高い城壁が見えている。



 背丈ほどもある草の群れをかき分ける。踏むたびに、草の乾いた根元から硬く鋭い音がし、霜柱を踏むような小気味よい感触が靴底に伝わる。



 枯れ草の中を二、三十メートルもゆく頃には、手袋をしていない手に、いつの間にか小傷がついて痛がゆくなっていた。


「待ってぇな!さきさき行きよって!草がからまって歩きにくいねんけど!」


 声に振り返る。かなりうしろのほうで草むらが揺れているが、アルの姿は見えない。



 待っていると、やっと姿が見えた。かと思やぁ、髪も服も枯れ草や実だらけだ。


「くっつき虫だらけなってもた!もう~、毛ェにもからまっとるし~。コレぜんぶ、本物の虫やったら、めっちゃ、きしょくて泣くわ」


 その時、いきなり目の前の深い草むらから大きな鳥が翔び立った。


「うわっ!」


 驚いたアルが俺の背中に飛びついてきた。それに押された俺は、いきなりのことで均衡をくずして足を踏ん張ると、片足がくうを踏んだ。とっさに体重をうしろへかけ、危ないところでとどまった。


 その足元を見ると、幅の広い空堀が草むらに隠れていた。



 アルは草をかき分け、掘の縁に座り込んで腰を退きながら下を覗き込んだ。


「危な~、もう少しで落ちるとこやったなぁ」


 危ないも何も、お前が押すからだろ。



 組まれた石垣の壁から目線を下へと遣る。高さは五メートルほどか。底は草がまばらにしか生えていない。


「ここ、水あらへんな。昔は、あったんやろか?」


 それにうなずき返し、再び目線を上げる。掘の向こうの対岸、ここから右方向にあたる壁には大きな穴。穴の前には跳ね橋があるのが見える。おそらく正門だろう。



 跳ね橋は朽ちてはいたものの、かろうじて渡ることができた。


 城門をくぐると、目を見張るような光景が広がっていた。



 数えきれないほどのトンボの群れが風間に舞い、透き通った羽根が陽の光をひるがえしている。得も言われぬほど不思議で幻想的なながめだった。


 光の流れの向こうに見えているのは、白亜の城だった。


 その真っ正面へ向けて庭園を貫いて走る通路の左右には、水をたたえた長四角の池がある。青く澄みきった秋空と城とが、鏡みたいな水面に映り込んでいる。くっきりとした青と白との対比が美しい。


 見渡すかぎり、その通路を中心にして城のすべてが左右対称で、その壮大さに息を飲む。白壁だからか、いかめしい感じがあまりなく、要塞というにおいがしない。



 アルも口を開けてポカンとその光景をながめている。


 ながめていても仕方がない。この城に眠っているはずの絵を捜さなくてはならないんだった。



 決意をし、ゆっくりと夢の跡へ一歩を踏み出す。




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