18、爽やかな朝
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「こら、お寝坊君。日が暮れるよ」
しまった。寝過ごしたか!…起こしもせずにアルは何してんだ。今日はアイツまで寝坊か?
目を開けると、目の前には見知らぬ男が…誰だっけ??
…セレか。しゃがんで俺を見下ろしている。
「日が暮れるというのは冗談だけど。いつまで寝る気かね、君は。もうエアリアル君は起きているよ」
「やっと起きよったわ。永眠してはるんかと思た」
身体を起こし、声のほうを見ると、荷物の片づけをしているアルが視界に入った。すでに起ききってスッキリとした顔をしている。早起きだけは得意な奴だな。
「さあ、エアリアル君、行こうか」
俺が起きたのを見届けたのか、すぐに二人は何かを持って玄関から出ていった。
そういや、夜中にセレと話したような気もするが、夢だったのだろうか。やけに現実味のある夢だったな。
毛布を簡単にたたむ。
とりあえず顔を洗う水を求めて同じ戸から表へと出る。まぶしい朝陽が目を射り、途端に大きなくしゃみが二つ出た。
日のあたる場所へ出て空を見上げる。昨日とは打って変わって良い天気になっていた。快晴というヤツだな。
空は青いのに、差す朝の光は何ともいえない橙色に感じられる。そのせいか、ゆったりとした穏やかな空気に包まれている。
少しひんやりとした澄んだ空気に甘いにおいが混じっている。
見渡すと一面に、きんもくせいの木が立ち並んで長い影を作っていた。昨日、嵐の中の暗がりで見た木はこの木だったのか。ものすごい数で、強い芳香を放っている。
「すまないね。君の水を用意するのをすっかり忘れていたよ。水はこっちだ」
玄関右手、建物の角からセレが顔を出して手招きした。
「すごい数のきんもくせいだな」
セレに歩み寄りながら俺は思わず言った。
「友の好きだった花だ」
それだけ言ってセレは静かに微笑んだ。
…友か。どうやら昨夜の話は夢じゃなかったみたいだな。
セレは再び手招きをしてから歩き出した。それに続いて家の角を右手へと曲がる。
セレは立ち止まり、昨日渡った水路を指差す。まだ水かさも多くて流れは激しい。それに少しにごっているようだ。この水を使えというのだろう。
水路のほとりでアルがしゃがんで鳩にエサをやっていた。灰色の鳩が数十羽は群がっている。あいかわらず鳩にエサをやるのが好きな奴だな。
それを尻目に顔を洗う。この季節、もう水は冷たい。そういや、拭く物を持って出るのを忘れた。
手で顔の水をぬぐって落とす。口をすすぐと心なしか、においのせいなのか水が甘く感じられた。だが、案の定、ジャリッと歯に砂が当たる。
「なぁ、セレさんな、鳩、飼うてはんねんで」
アルは持っていたエサをまきながら俺に言った。手にしているのは、ちょっと薄汚れたパンだ。なるほど、絵に使っていたパンか。
「上に鳩舎あんねんで。これ、みんなセレさんトコの子ォやって」
アルが屋根の上を仰いだ。それにつられて上を見遣ると、たしかに屋根の上には小さな小屋が取って付けたようにあった。
と、その時、一羽の鳩が突然に翔んだ。それに続き、あわてて次々と翔び立つ。あっという間にすべての鳩が翔び立ってしまった。
「うわ、何やねん。みんな、おらんようなってもた」
堂々とした姿のネゼロア山脈を背景に、鳩の一団が大きく環を描いて旋回し始めていた。
「あ~あ、まだパン食べんの途中やったのに。あれ、何してるんですか…?」
アルはポカンと口を開けて空の鳩をながめながらセレに問いかけた。
「僕には分からないよ。機会があれば鳩さんに聞いてごらんなさい」
セレは悪戯っぽく笑った。
俺が起きるのが遅かったのか、そろそろ陽も朝の色合いをなくしてきた。廃墟までは、そう遠くないらしいが、俺たちももうすぐここを立たなくてはならないだろう。