16、厭世の画家
……………
メシを食わせてもらい、ようやく人心地がついた。おかげで身体もすっかり温まった。
部屋から運び出せるのかというくらい大きな画布にセレは向かっている。
「何でセレさんは、こんなとこに一人で住んではるんですか?」
アルが湿った服を火にかざしながらセレの背中へ向けて言った。
「う~ん、何ていうのかな、厭世というか、世を儚んだというか…分かるかね?早い話が人間なんていうものが面倒になったのだよ」
「ふぅん。そうなんですか。せやったら、俺らはイイんですか?いちおう、人間ですよ。芋にでも見えますか」
「ははは。そういう意味じゃないんだけどね」
黒くて細い棒を左手で上からかぶせるように持ち、腕の大きな運びで豪快に描いている。右手につまんだ白い物で画面を払う。
「それ、何ですか?」
アルは乾かしていた物を椅子に放り出し、セレの横まで行って手元を覗き込んだ。
セレは手を止めて顔を上げる。
「これかね?木炭とパンだよ」
「パン??食べ物のですか?」
「そうだよ。これで消したり、画面の調子を調えたりするんだ」
「あと、食べるんですか?だって、もったいないでしょ。食べ物を粗末にするんはダメですよ」
「ちゃんと食べるよ、僕じゃないがね」
「ふうん」
アルは釈然としない様子で戻ってきた。
「ところで、君らはティティスへは行くのかね」
セレは背中で言い、腰かけたまま画布から身を引いたり、首を傾けたりしている。
俺が、はぐらかしたもんだから、何としても本当の目的を知るために鎌をかけてきやがったな。まあ、そんな手には乗らないが。
「ティティスですか?廃墟まで行きますよ~。城の廃墟まで王女様の肖像画、取りに行くんですよ!イイでしょ~?」
アルは目を輝かせて、みじんのためらいの色もなく答えた。
…馬鹿、簡単にバラすなよ。せっかく隠していたのに。誰彼かまわずペラペラとしゃべりやがって。
「ふーん、そうなのかね。肖像画か…」
アルは菓子を頬張ってボリボリ噛みながら、セレのつぶやきにソラでうなずき返した。
セレは今までと変わらないいたずらっぽい声だが、何か含んでいるように思えたのは俺の考え過ぎだろうか。
「でも、城は手ひどく荒らされているだろうから、元の場所にかけてあるとイイがね…」
宙を見つめながら、感慨深そうにつぶやいた。それに合わせるかのように風が木々をざわめかせた。
「さあさ、もう寝なさい。お化けが出るよ」
セレは立ち上がり、幼児でも扱うかのように手を叩きながら言った。そして、振り返ってアルを手招きする。
「はいはい、君はここで寝なさい」
部屋の隅にある簡素な寝台を指差す。部屋というか、家の中には寝台は一つしかない。たぶんセレの寝床だろう。
「そして、君はこっち」
今度は俺を手招く。そして、部屋の隅の物置みたいにいろいろと積み上げられた床を指差す。たたんだ毛布がポツリと置いてある。
「すまないが、君は非常に豪華な寝床だ、許したまえ」
俺は言われたとおりの場所へ行き、たたんである二枚ある毛布を広げて一枚を床に敷く。その場に寝転んで毛布をかぶる。
雨風はかからないから贅沢は言わないでおくが…何だかよく分からない差別を受けているようだな。
八つ足さえ出なけりゃどこでも眠るが…いや、待てよ、目の前の家具と家具の隙間に糸の巣があるじゃないか…大丈夫だろうか。