15、セレという男
とりあえず、荷物を乾かさなきゃなんない。中身を火のそばの椅子へと並べる。
「大変だねぇ。どこから来てどこへ行く途中なんだね」
戻ってきた男は茶の道具を持ち、話しながらそばへ寄ってきた。
ティティスへ何をしに行くかは、おいそれと他人に言うわけにはいかない。親切そうな男だが、まだ信用はできない。やはり、ティティスの名前は出さないほうがイイだろう。
「ヴァーバルの首都からレジナへ行く途中だ」
男は盆ごと茶の道具を机へと置き、俺の向かいの椅子へと腰を下ろした。
「へぇ、レジナかね?しかし、ここじゃ、ヴァーバルとレジナを結ぶ街道からは、だいぶズレているが…」
男は口元には笑いを浮かべているが、目元は笑わせないで言った。
たしかにレジナへ行くには、もっと南の街道を使うのが普通だ。ティティスが栄えていた時代の名残で、今はうらぶれてしまっている旧街道を使ってレジナへ向かう旅人なんて皆無に等しいからな。
俺は応えずにいた。男は火にかけてあった湯を使って茶をいれた。かすかに花の香りがする。
「はは。実のところは伏せておくつもりかね。もしかして、僕は信用されてないのかな?」
態度を察した男は屈託もなく笑って茶を飲んだ。湯飲みを口につけたまま、もう片方の手で俺に茶を勧める。
俺はそれに従い、湯飲みを取る。薄い陶器に入った茶に指は居場所を失い、思わずあわてて机へ置き直した。
それを見た男は微笑んだ。くっきりとした二重の、大きな人懐っこい目が印象的だ。
「あのね、今はレジナ領になっているが、昔はティティス領だったのは知ってるかね?」
疑うのをやめたのか、鎌をかけてきたのか、男は俺の出方に合わせて話を進めてきた。
「聞いたことはある」
「そうかね。ティティスはね、十年くらい前に帝国に滅ぼされて、廃墟があるだけなんだよ。もちろん廃墟には何も残ってないがね」
一般的な街道からあまりにも外れて旅をしているし、あいまいな態度だからか、俺は廃墟荒らしだと思われているようだ。
「でも、十年も昔の哀しみが住むと人は言うがね。…それに、出るんだよ」
「ただいま~。全部ヒリ出してきたで!」
アルが戻ってきた。いつの間にかブカブカの寝間着に着替えている。
「こらこら、人の話のイイところで、まぎらわしいことを言わないでくれよ」
「何がですか?」
「いやいや、こっちの話だよ。ティティスの廃墟の話をしていたんだ。ウワサでは廃墟に王族の幽霊が出るそうなんだ」
男は両手を胸の前でダラリとやり、幽霊のマネをしてニヤリとした。
やはりそうきたか。嫌がらせか悪戯か、俺たちを廃墟に近づけたくないのかは知らないが、幽霊話とは子ども騙しだな。
…と、アルを見ると、生唾を飲み込み、真剣に怖そうな顔をしている。また臆病が始まったな。アルによけいなことを聞かせやがって。
「ははは。あ、そうだ。自己紹介が後れたね。僕はセレと言います。見てのとおり、しがない画工をやってます。君たちは?」
俺は自分の名前と、ついでにアルの名前を告げた。
「そうかね。さあ、二人とも、メシでも食うかい?」
セレはアルを怖がらせておいて、嬉しそうにメシの支度をしにいった。
薄情な男だ。