11、寝込むアル坊1
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まさか本当に寝込んでいるとは思わなかった。
アルの部屋の前まで下男に案内された。ジェンスが礼を言うと、青白くて陰気な下男は頭を下げ、足音もなく去っていった。気味の悪い男だ。
戸を叩く。熱があると聞いているから、いちおう静かに叩いてやる。
「開けるぞ」
「誰?」
「俺だ」
「俺、だけやったら誰か分からんわ」
誰だか分かっていそうな返事だ。
取っ手に手をかけ、戸を押し開ける。ふっと甘い匂いがした。
室内は薄暗い。昼間だというのにカーテンは閉めきられている。ものすごく陰気だ。
「こんにちは~」
ジェンスは俺のうしろで間延びした声を出した。
おそらくアルだろう。左手にある寝台には何やら布団に包まれている物体がある。
「なに寝てやがる」
「しんどいからやん。アホか。見たら分かるやろが」
声からすると向こうを向いて寝ているようだ。布団を頭からかぶっていて顔は見えない。
見ていてあまりにも陰気だから布団を引っつかんでめくってやった。予想どおり向こうを向いて丸虫みたいに丸まって寝ていた。
「ひゃ~ッ!何すんねん!痛いのに、やめろや!」
とっさにアルは身体を起こし、ボサボサ頭で目を吊り上げたスゴい形相で俺をにらみつける。俺の手から布団の端を乱暴に奪い返して、また頭から布団をかぶった。
そんなに怒らなくたってイイだろ。熱があるとは聞いていたが、頭でも痛いのか。
「様子を見に来たんだよ。大丈夫かい?どこが痛いんだい?」
「うるさいわ。ほっといてや…」
かたわらのジェンスが聞くと、アルの不機嫌で元気のない声がした。
「それより、お前から来んのん珍しいけど、何しに来てん。もしかして俺と会えんで淋しかったん?お土産に病気あげよか?」
たぶん俺に向けて言ったんだろう。そういや、俺のほうこそ土産があるが、やらないほうがイイだろうか。
「土産を持って来たが、食えるか」
「何や分からんけど、虫やなかったら食べるよ。もろとくわ。そこら置いとって」
誰が虫を持ってくるかよ。
「お土産というより、彼は自分が甘いの嫌いだからって君に持ってきたんだよ。言わば残り物、厄介払いかな」
俺が枕元の台に積み上げられた本の上に饅頭の箱を置くのを見て、したり顔でジェンスは告げ口した。余計なことを言う野郎だ。
俺は、そばの丸椅子を引き寄せて座った。
アルの部屋の広さは俺の部屋とあまり変わらない。俺の部屋にはたいして物はないが、アルの所は何やらごちゃごちゃと物があって狭く感じられる。物置みたいだな。
白塗りの壁には世界地図だろう、大きな地図が貼ってある。その前には机、その上には本が乱雑に積んである。開いたまま伏せた本も乗っている。散らかってるな。片づけろよ。
ジェンスは机に歩み寄り、積み重なっている本のひとつを手に取り、パラパラやり始めた。