10、王子と政と
「実例をあげればね、ウチの国ヴァーバルは代々伝わる宝物と奴隷と姫君を、帝国へ無条件で差し出した…他にも要求はあったけど、簡単に言うとそれが『逆らいません』という降伏の証なんだよ。解るかい?ティティスは、そこで条件を飲まなかったから、見せしめに滅ぼされたんだよ」
なるほど、意味が解った。だけど、馬鹿でもなけりゃ、つぶされるのが分かっていそうなものなのに、ティティスの王はどうして逆らったりしたんだろうか。そんなに先を読めない馬鹿王だったのか。
まあ、気持ちが解らないでもないな。もし俺がティティスの国王だったとすりゃ、同じように逆らっていたかも知れない。
絵の略図に目を遣る。立派な口ヒゲをたくわえた、なかなか男前で威厳のありそうな顔つき。略図は何も言わないが、この王さんも何か考えがあったことだろう。
宝、奴隷、姫君…その中には何か絶対に取られたくないものがあったのかも知れないが、結果、どれもこれも…自分の生命さえも失ってしまった。
「僕の姉上は皇帝の正室になっているんだけど、そうやって帝国に付いた国の姫君一人ずつは皇帝の妻として帝国にいるんだよ」
「人質か」
「今のヴァーバルの発展を見れば分かるだろう?中央帝国に一番、目をかけてもらっているんだよ…我がヴァーバルの国鳥である『烏』には知恵がある。国を護るにはどうすればイイか知っているんだよ」
残酷だな。国の命運と引き換えにか。王女というものは、まるで物だな。
だけど、王族の判断一つで民は右へも左へも転ぶんだから、こっちのほうこそたまったもんじゃない。この馬鹿王子のことを考えればなおさらだ。
我々、民は恐ろしくなる。こんな奴が国主になった時代は果たして大丈夫だろうか?それとも、乱心して世界征服なんてし始めないだろうな…。
「言い換えれば、ヴァーバルの平和は姉上一人で保たれているようなものなんだよ」
頬杖をつき、傾けた湯飲みを見つめながら物憂げに言う。言いながら口端を上げる。
「どういうことだ」
俺の問いかけにジェンスは、さらに口端を上げる。
「姉上が正室でいるからヴァーバルは一番に目をかけてもらえてるけど、もし姉上に粗相でもあればヴァーバルも帝国につぶされる対象になりかねないんだよ。皇帝からすれば、姉上とヴァーバルは一体のものなんだ」
ジェンスの姉はどんな人だか知らないが、こいつの兄レイノルドを思い出すと姉のほうも人間性が心配になるが…。ともかく、すごい大役だな。その両肩に何万の民を、国を担いでいるようなもんだ。
そういや、帝国にいる俺の兄貴は元気だろうか。二十四になっているはずだが、そもそも生きているのだろうか。
道徳としちゃ親の言うことを聞くのが正しいのかも知れないが、帝国信奉者の親父の勧めで帝国兵になって、皇帝の悪事に加担してりゃ、道徳にかなってんだか何だか分かりゃしない。
それとも何か、強く信奉していると悪事が悪事じゃなくなるのだろうか。
兄貴が帝国へ仕官したのが今の俺の歳と同じ十五の時だから、九年前か…ティティスを攻め滅ぼした時には加担したのだろうか。
「ところで、君はエアリアルの所へ行くんじゃなかったのかい?」
そうだった。アルの所へ行こうとしていたんだっけ。すっかり忘れていた。
「あのイヤ~な大臣も国へ帰ったかな。…いやぁ、まだいるかも。ヒマだから僕も一緒にエアリアルの所へついていってもイイかな?」
片目をつぶってそう言った。
やっぱり客から逃げてやがったんだな。イイのか、第一王子がそんなことで。