10、幻術師マダン
マダンらしいオッサンが姿を現した。
白髪まじりの灰色の髪を後ろに撫でつけた髪形。目の覚めるようなキレイな青いガウン。背ぇはそんなに高くないけど、何ていうか、威圧感みたいなもんで大きく見えた。自信がみなぎっとるからやろか。
「ようこそ、いらっしゃい。私が主のマダンです」
ニッと白い歯を見せて笑う。ゆっくり歩いて一番奥のイスに座った。スキのない動きに見えた。
「私に何のご用ですかな、かわいいお客様」
テーブルに両ヒジをついて、組んだ手の上にアゴを乗せて俺らを見つめる。
かわいいお客様やて、キモい!
なに企んどるんやろか。
と、ふと何かイイ匂いがして見遣ると、いつの間にか目の前のテーブルにお茶が置かれとった。運んできたのんは金髪のキレイな兄ちゃんやった。ジェンスよりかは少し劣るけど、なかなか美人の兄ちゃんや。ただし、ぼーっとした目をしてて、何かフツーの人とは違うってゆーか、要は変というわけや。簡単に言うと。
三人の前に湯気の立つカップが置いてある。青い繊細な花柄が描かれたカップや。金のふちどりがしてあって、ふむ、なかなかイイ仕事してはりますなぁ。
マダンはムダに優雅な動作でお茶を勧めてきた。カップの中には青いお茶が。オッサン、青が好きでんなぁ、お茶まで青ですか。
何となく飲むのんが躊躇われた。だって、この人、幻術師なんやもん。何を盛られてるか分かりませんぜ。
オッサンはカップと一緒に置かれてあった、おママゴトのコップみたいな小さい容器に入った液をお茶に入れた。シロップなんやろか。
飲むかどうかは別にして、手持ち無沙汰だった俺もマネしてみる。…おおう! お、お茶の色がピンクに!? これは、魔術なのかっ??
「単刀直入に言わせてもらうが、貴方の所持されているメリサの宝剣の鞘を譲ってもらいたい」
俺の驚きや楽しみをよそに、クェトルは本題に入り始めた。事務的というか、何とも面白みのない人やなぁ。ふーんだ。
「ああ、メリサの宝剣ね。ありますよ、私の収集品の中に。私は中身のほうを探してたところです」
大げさな身振り手振りで言った。そして、いかにも残念そうな表情でクェトルを見た。
「うーん、残念だ、実に残念です。あっ、お譲りしないとは言ってませんよ。愛着があるので、一晩だけ別れの時間をください」
意外とアッサリと譲ってくれそうやった。
そうして小一時間ぐらいやろか、マダンのたわいのない世間話的なのにつき合わされた。
「さあさ、ちょうど晩餐も調いましたから、どうぞご一緒してください」
何や、恐れられとる幻術師にしたら、穏やかでエエ人みたいや。おなかも空いとったし、出された物を勢いでいただいた。毒やらは入ってないやろ、という疑いを心の隅から追いやりながらやけど。
その間に話は弾んだ。弾んだと言っても、誰かさんは、ほとんどしゃべりもしなかったけど。
「メリサの鞘、見せてさしあげましょうか」
俺らは食べるのんをやめてマダンを見た。マダンはグラス片手にニッと笑う。
「ただし、かわいいほうのアナタ。アナタ一人だけに見せてさしあげましょう」
「えっ、俺だけですかぁ?」
「そうです。私の大切なコレクションですからね。ね、解るでしょ?」
そう言うてオッサンはクェトルのほうを向いてウインクする。クェトルは鼻で一笑して目線を落とした。
えっ、どーゆーことやねん?! 俺だけ意味が解ってへんの?? 誰か教えて…。
「行きましょう」
マダンは立ち上がり、扉のほうへ歩き出した。俺が困ってクェトルのほうを見ると、しっしっと手で追い払われた。