神話を求めるもの
ウィキペディア「大和田鷹夫」の項より
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大和田鷹夫(おおわだ たかお、1965年3月‐)は日本の怪奇小説家。埼玉県鴻巣市出身。デビュー作は『SFスペシャル』誌1989年秋号に掲載された短編「濡れた棺」。その後、伝奇バイオレンスに属するシリーズ作品を多数発表した。
執筆ペースが非常に速いことで知られ、最盛期は一年で三十作以上の長編小説を完成させていた。とは言え、その内容はほとんどワンパターンで、触手で女性を凌辱するモンスターとマグナム拳銃を持った刑事や中国拳法を使う高校生が対決するといったものである。その上、現実ばなれした設定に加え、伏線が回収されないことも珍しくないばかりか、主人公が前ぶれもなく超能力を発揮したり、突然新兵器が発明されたりとご都合主義的な展開が目立った。時折思い出したように作中にクトゥルフ神話ネタが使われることもあるが、深い意味はない。
1992年、一般女性と結婚するも、翌年には離婚。現在は独身である。
1996年、人気シリーズ『魔グナム刑事』がOVA化されたが全く売れなかった(この作品は後に究極の作画崩壊アニメとして話題になった)。
代表作は『淫獣要塞』シリーズ、『九刀流忍法帖』シリーズなど。
最近はさすがに読者にも飽きられたのか2005年以降作家活動はしていない模様。
ICレコーダーに録音されていた音声
(大和田鷹夫が居住していたマンションの一室で発見された物)
私の職業は小説家である。しかし、かれこれもう十年も作品を書いていなかった。
一頃は毎月のように新刊が書店に並んでいた。一時はベストセラーに名を連ねたこともあった。だが、そのうち私の作品は、稚拙だ、マンネリだと言われるようになり、売り上げが低迷し始めると、私はスランプに陥り、次第に酒に溺れるようになってしまったのだ。
復帰のための努力はずっと続けていた。世間をあっと言わせるような超大作を、と計画を立て執筆に取り掛かるも、途中でうまくいかなくなり、また酒に走ってしまう。そんなことを繰り返すうちにいつの間にか十年も経ってしまった。
一時は重度のアルコール依存症にまでなっていたが、専門医の治療を受けきっぱり酒を断ったことで、昨年あたりから健康も回復し、あらためて小説を書いてみようという気力が湧いてきた。無理をせず最初は短編から。売り物だったエロスやバイオレンスも抑える。原点に返り、もともと作家を志すきっかけだったラヴクラフトのような本格的な怪奇小説を書こうと計画を立てた。
いろいろ思案した結果、短編四部作の構想が出来上がった。知り合いの編集者に連絡したところ、快く文芸誌への掲載を約束してくれた。
四つの短編のタイトルは「闇の探求者」「闇の襲撃者」「闇の召喚者」「闇の調停者」とすることに決めた。
第一作にあたる「闇の探求者」の執筆はなかなか調子が出ず苦労させられたものの、何とか完成に漕ぎつけた。この作品が掲載された文芸誌は今日あたり書店に並んでいるはずである。届けられた見本誌を見た時は、十年ぶりの復帰作のわりには扱いが小さく失望もしたが、まあ仕方がないだろう。それに谷山という怪奇小説に詳しいライターが私の過去の作品を紹介する記事を書いてくれていた。この男は私の作品から単なる商業主義には納まらない資質を見抜いてくれていて、スランプの間も私を見捨てずにいてくれた得難い友人である。
第二作「闇の襲撃者」は順調に書き進めることができた。完成した原稿を今朝、編集部へ発送した。
これを成し遂げたことで、徹夜で長編を書いていたころの調子を取り戻せたような気がした。合間に並行して書いていた第三作「闇の召喚者」の下書きも半分以上できてしまった。この四部作を無事書き上げれば、次はどんな大作にでも取り掛かれるだろうと、そう思った。
そんなわけで今日の午前中は、すこぶる気分がよかった。外を見れば快晴で、こんなすがすがしい気持ちになるのはずいぶん久しぶりのことだった。
しかし、その後にあのような恐ろしい出来事が起こるとは、この時の私は知る由もなかったのである。
……
それは一通のメールから始まった。
編集者から連絡が来てるかもしれないと思い、私はパソコンのメーラーを開いた。
来ていたメールは一通のみで、その発信者は“神話普及協会”となっていた。
件名には“招待状”とあって、はじめはスパムメールの類かと思ったが、本文に目を通すとそうではなかった。
文面は次のようなものである。
拝啓、大和田鷹夫殿。
当方は《怪奇現象資料館》なるものを運営しております。
この度、高名な怪奇作家である大和田先生が当地在住であることを聞き及びまして一言ご挨拶させていただきたく思いメールを差し上げた次第です。
当館は、その名の通り怪奇現象に関する資料を集め展示しております。
先生の作品執筆に役立つ情報もあるかと存じます。
近所ですので、どうぞ一度足をお運びください。
入場無料、年中無休です。
では、お待ちしております。
場所はコスモビル二階となっていた。書かれている住所を見ると確かにうちの近所のようだった。すぐに訪ねる気はなかったが、いつか暇な時にでも覗いてみるかと思い、一応メールは保存しておくことにした。
……
その日は天気が良かったので久しぶりに昼を外で食べることにした。ここ最近は出前か、近くで買ってきた弁当ばかり食べていた。
お気に入りの洋食屋に行った。健康になると食事もうまかった。
食後、まっすぐ部屋に帰る気にもなれず、適当に散歩でもすることにした。
あてもなくぶらぶらしていると、ふと目に着いた小さな看板があった。それには《コスモビル》と書かれていた。
ビルと言っても二階しかない小さな建物だった。まだ新築で、一階はコインランドリーだった。中に利用者の姿はなく、乾燥機の中で洗濯物が音もなく回転していた。あのメールによればこの二階が《怪奇現象資料館》のはずだった。
とくに意識していたわけではないが、いつの間にか辿り着いてしまった。これも何かの縁かと思い立ち寄ってみることにした。
側面にある非常階段のようなものを昇って行くと、そこが入り口だった。引き戸のガラス窓に《怪奇現象資料館》というプレートが貼られていた。
中に入ると、内装は白で統一され、鏡のように輝く銀色の装飾がところどころに埋め込まれていて、一見、小洒落れた美容院のような雰囲気だった。シンセサイザーを適当に弾いてるようなBGMが流れていた。
私は「こんにちは」と声をかけたが、そこには誰もいなかった。建物の大きさから考えて別の部屋が奥にあるということもなさそうだ。
とりあえず展示物を一通り見学することにした。壁には液晶モニターがいくつも設置されていて、それぞれUFOらしきものを写した映像を流していた。ガラスケースには、宇宙人やUMAの目撃情報をもとに再現した模型が飾られていた。いずれもコンビニ本やテレビの特番で紹介されてるものと大差なかった。奥には本棚があって、そこに並んでいるのは、ヴェリコフスキー『衝突する宇宙』、ハバード『エクスカリバー』、五島勉『ノストラダムスの大予言』、矢追純一『ナチスがUFOを造っていた』といった書物だった。
べつに面白いものもなかったなと思い帰ろうとしたところ、机の上にパソコンが置かれているのに気がついた。一応それも見てみるかと、近づくとモニターが白く点灯した。そしてそこに、ぼやけた影のような黒い十字が浮き上がった。壁のUFOを写していたモニターもすべて同じ黒い十字の映像に切り替わった。プラス記号のような縦横が同じ長さの十字である。
何かと思って見ていると、どこからともなく声が響いた。
「ようこそ、怪奇現象資料館へ」
それは声変わり前の少年のような妙にかん高い声だった。
「早速のお越しで感謝いたしますよ、大和田鷹夫先生」
と、自動で流れる音声かと思っていたら、名前を呼ばれ私は驚いた。
「当館の展示はお楽しみいただけましたでしょうか?」
声は言ったが、私は答えず黙っていた。すると声は続けて言った。
「姿をお見せできず申し訳ありません。こちらは少しばかり離れた場所にいるものでして」
モニターの十字が声に合わせて振動していた。声が続けた。
「実は先生にここへおいでいただいたのは、お願いしたいことがあるからなのですが……」
「何だって!?」と私は思わず聞き返した。
「ええ、そのお願いしたいことというのはですね、先生にひとつわれわれのために小説を書いてほしいのですよ」
と声は言った。
私は「どんな小説だ?」と聞いた。
すると声は「ええ、ええ、先生お得意のエロスとバイオレンスのたっぷり入ったオカルト小説ですよ」と言った。
私は答えた「悪いが、そういうものはもう書かないことにしたんだ」と。
かん高い声は私の返答を無視して続けた。「ギャラはたっぷりお支払いしますよ。もちろん印税も。それにアニメ化やゲーム化もする予定ですから原作使用料も発生します」
「金の問題じゃないよ」と私。
すると声は「これは失礼を。では言い方を変えましょう。われわれは“神話”を書いていただきたいのだと」と言った。
「神話?」
私が聞き返すと、声は「そう神話です」と繰り返した。
この声の主は一体何を言っているのだろうか?
私の小説をアニメ化すると言ったと思ったら、今度は神話を書けと言い出した。妄想狂の金持ちでも背後にいるのだろうか?
これは早めに逃げ出した方がよさそうだと私は思った。
適当に理由をつけて出て行こうとすると声が言葉を続けた。
「われわれが求めているのは新しい時代のための新しい神話です。あなたにはその能力があると見込んでお頼み申し上げているのです。エロス、バイオレンス、いいではないですか。大衆の求めるものを与えてやればいい。それが新しい神話になる。神話が大衆を導くのです」
私は天井を見渡して言った。「大衆を導くだって。ふん、政治団体のプロパガンダか何かか!? そんなもんに協力するのはごめんだね!」
私は出て行こうとした。すると目の前に黒い影があらわれ、行く手を塞いだ。
それはモニターに映っていた黒い十字だった。おぼろな十字の影が立体映像のように浮き上がり、私の周囲を取り囲んでいた。
どうせ光学的なトリックだろうと、私はかまわず進もうとした。だが、身体が影に触れたとたんショックで動けなくなった。
痛みではない。イメージが意識の中に流れ込んできたのだ。
それは異様な異世界の光景だった。……赤く輝く空……灰色の荒野……建ち並ぶ黒い塔……半透明の怪物……巨大なナメクジのような……燐光を発する未知の器官……
圧倒的な恐怖が私を捕えた。なぜそんなイメージをこれほど恐れなければならないのかうまく説明はできない。ほとんど本能的な感覚でただただ怖いと感じたのだ。
いつの間にか私は膝をついていた。床に這いつくばって震えていた。周囲を十字の影が走馬灯のように回っていた。
声が言った。「われわれの頼みを断ることはできませんよ。まあ、お帰りになりたいのでしたらどうぞ。今後は直接会って交渉を進めましょう。今日はいい天気だ。われわれは明るいところを出歩くのが苦手でね。陽が落ちた後にあなたのお部屋へうかがいますよ。では、大和田先生。フフフフフ……」
……
それからどうやってコスモビルの二階を出て、自宅まで帰り着いたのか、私はほとんど憶えていない。
ただ普段見慣れた当たり前の風景が、その時ばかりは異様な恐ろしいものに感じられたものだった。
しばらくたってやっと多少の落ち着きを取り戻すと、とにかく記録を残さねばという気がして、取材で使おうと買ってあったICレコーダーに今日これまでの出来事を吹き込むことにした。
現在、午後四時三十五分。間もなく日が暮れる。
あの声は、陽が落ちた後に私の部屋へ訪れると言っていた。いったい何者が来るのか?
十字の影に触れた時、私の脳内に流れ込んできたイメージ……巨大な半透明のナメクジ……、あれが声の本体なのだろうか?
私はこれまで自分の小説のためにさんざんおぞましい怪物の姿を思い描いてきた。だが、それはあくまで想像上のもので一度たりとも実在するものと考えたことはなかった。しかしあの巨大ナメクジは確かに実在するというその感触を、遙かな異世界から伝えてきたのだ。
私は恐ろしい。
私はどうなるのか。奴らの言いなりに神話を書かされるのか。だがその後は……!?
まるでロバート・ブレイクだ。
できるなら逃げ出したい。だが、どこへ逃げても、より恐ろしい目にあうだけだという予感を打ち消すことができない。まるで悪夢の中の人物のように。
もう、陽が沈む。闇が街をおおう……
ああ! あれは……、影が! 影が! こっ……
(この後、二十秒ほど異様なノイズが記録され録音は終わる。)
新シリーズ《闇の十字星》第一話です。
このシリーズも全六話の予定です。
第二話のタイトルは「闇の探求者」です。
ん!? ということは……