序章
――ここはどこなんだ……
この部屋は明らかに学校の保健室だ。
時計を見ると時刻は午前十二時ぴったりだった。
この時間では、やっぱり俺は学校にいるのだろう。だって学生なのだから。
俺、高宮白門は普通の高校に通うごくごく普通な十五歳の少年だ。だが部屋を見たところ学校だ。学校なんだが……俺の知っている学校ではない。だって保健室が違うもん。
とりあえず、情報を集めようと、俺は寝ていたベットから起き上がろうとした。したんだが、腹部に痛みと重みがあり起き上がれなかった。
痛み……思い出した!
それは数時間前のことだ――
学校に登校した俺は怪しい二人組を発見した。格好は全身黒いスーツに黒いサングラス、髪の毛は逆立っていた。
そんなヤツが学校の中にいたら絶対思うだろ?……怪しいってな。
好奇心に任せて、追いかけていったら……待ち伏せされていた。
「高宮白門君だね?一緒に来てもらうよ」
低い声で告げられ、背筋がゾクゾクしたのを覚えている。
「な、なんで行かなきゃなんねぇんだよ」
「姫がお待ちだからだ」
さっきのヤツとは違うもう一人の男が答えた。
「姫? 意味わかんねぇよ」
「とにかく来てもらう……」
と言うと男達は人間では出せない速さで俺に向かってきた。
「速いっ!くっ!」
ギリギリのところで腕を交差させガードに成功したが……なんて力だ、この男。骨が折れると思ったぞ。
「さすがおじょっ……姫が認めただけはある」
まだ、痛みが消えてわけではないが、反撃に出る。
「さっきから姫だの、認めただの、意味わかんねぇこと……言ってんじゃねぇっ!」
相手の脇腹めがけ、右足が吸い込まれていく……がそれはもう一人の男により止められた。
「なかなかの蹴りですね……失礼しますっ!」
右足を止めた男は、目にも止まらぬ速さで俺の鳩尾に拳を叩き込んだ。
「かはっ!」
空気を吐き出さされ、俺の意識はとんだ……。
「あの男達、何者だよ……」
となると、俺は、あの男達にここまで運ばれたのか?
そのことは置いといて……痛みの理由はわかったが重みの理由がわからん。
布団をめくれば分かることだろうが、なんか嫌な予感がする……というか腹部に柔らかいものが二つある。しかも俺にかけられていた布団が妙に盛り上がっている
ち、違うんだ!俺は何もしていないっ!じゃあこれは何なのか?そんなこと知るかっ!
とにかく、布団をめくれば分かることだ。
覚悟を決め、めく――
「んっ……スースー」
声の主は女の子のようだ。あぁ、やっちまった……。なんだってこんなこと……。
と、とりあえず、人がいることはわかった。だが、まだ決まったわけではないぞ。もしかしたら、高い声の男かもしれないじゃないか。いやそれはそれで問題なんだが……
「はぁ……」
ため息を漏らし、今度こそ覚悟を固めた。
布団を……めくった。
「……ッ!?」
その子は俺から罪悪感をなくすほど、とんでもなくかわいい美少女だった……。
「……はっ!?」
一瞬、呼吸をも忘れてしまっていた。
とにかく、起きてもらわないと……
「お、おい! 起きてくれっ!じゃ、じゃないと、ちょっとこまることになるんだが……」
しかし、起きない。
「た、たのむっ! 起きてくれっ!」
肩のあたりを軽く揺する……すると
「んんっ……。やっと起きたのね」
いやお前だよっ!? 何回起こそうとしたとおもってる?二回だよっ?少なくてごめんねっ!
「ど、どいて欲しいんだが……」
「え~っと。私の騎士になればどいてあげるわ」
「騎士?」
「そうです。私とあなたの契約をすればいいの」
その少女は、俺へと顔をぐんぐん近づけてくる。もう少しで鼻がくっつきそうな距離だ。
「け、契約すればどくんだな?」
「ええ。もちろん。」
よ、よし。よくわからんが、契約すればどいてくれるらしい。
「で、どうすればいいんだ?」
「えっ!?」
「契約するんだろ?」
少女は、驚いたように目をまん丸と開き――
「ほ、ほんとっ!?」
「ほんとほんと。で、どうすればいいの?」
「あなたはそのままで大丈夫」
少女の顔はほんのり赤みがかっている。
「そのままで大じょ――」
俺は続きの言葉を発せられない。
なぜなら……俺の唇が少女の唇によって塞がれてしまったから……
何秒くらいそうしていただろうか。いや、俺にとっては何時間にも感じられた。
「ぷはっ! な、何するんだっ!」
だめだ。恥ずかしさにより声が裏返ってしまっている。
「な、何をって契約だけど?」
「これのどこが契約なんだっ!」
意味がわからん。キスが契約方法なんてことがあってたまるかっ!
「ちゃ、ちゃんとしたわよっ! 胸を見なさいよっ!」
「お、お前、自分の胸を、お、男に軽々見せるのかっ!?」
な、何考えてるんだこいつ。
「……じ、自分の胸っ!」
「へっ? あ、あぁ、自分のね」
俺は着ていた制服のボタンを外した。
「……なんだこれ?」
俺の胸には、黒い模様ができていた。
「それが、私の家の紋章」
「お前の家? そういや、俺、お前の名前知らないぞ?」
「そうでしたね。私は一年B組の黒槇志津香」
「そうか。じゃあ、俺は帰るわ」
「帰るってどこへ?」
「学校だよ。まだ時間的には授業中だし……」
「……あなた。この学校に転入するのよ?」
「……は?」
志津香さんは何をおっしゃっているのでしょう?
「もう一度言いますよ。あなたは戦いの学園《バトルフィールド学園》に転入するのよ。」
「……お、親はっ!?」
「ここに直筆のサインがあるわ……」
「いつの間にっ!? ……か、金は?」
「こちら側で払っておいたわ」
「なんで余計なことを……制服、教科書、その他もろもろはっ!?」
「こちらで用意――」
「うがあああああっ!?」
もう、決定したようなもんじゃねぇか。
「どうやって、サインをもらった?」
「それは、お金の方で……」
あの両親、いい度胸してんじゃねえか。ソッコー帰ってボコるぞ。
俺の心を覗いたかのように、志津香は言ってきた。
「今日からは、寮で暮らしてもらうことになるから。もちろん、家には帰れないわ」
「……もうやだ」
多少憧れたりもしたよ? でも何も起こらないほうがいいじゃん?
「だめよ。絶対なんだから。それと、私と同室だから」
「……冗談だよね?」
「冗談なんかじゃないわ」
とんでもないこと言いやがった。
志津香はくるりとその場でまわり、ドアの方へ歩いていく。
ドアをあけ、もう一度こちらに向いた。
「もう一個あった」
「なにが?」
「さっきの、あれ、その、初めてだから……」
「……ッ!?」
もじもじしながら言う志津香が半端なく可愛かった。
「そ、それじゃあね」
ドアを勢いよく閉めると、駆け足で出て行ってしまった。
俺の心が掻き乱される瞬間だった。
それと同時に学園生活の始まりを告げたのだった