推理編
「これわざわざ書いてきたの?」
「うん」
「すごいね。すっかり引き込まれたよ」
「ありがとう。で、分かりそう?」
「出題者わくわくしてるねー」
「手掛かりは全部書いてあるの?」
「あります。でも不足してそうなところはいつも通り質問で答えます」
「出たな、奥の手」
「ずるいというか、丁寧というか」
「じゃあ質問です」
「はいどうぞ」
「実は『明日殺す』と言いながら、書くのに時間がかかって結局翌日殺せなかったということはありませんか?」
「ありません」
「あってたまるか」
「これだけ書くのに最低三日はかかりそうですけど」
「かかりません」
「私なら五日かかる」
「あんたは完全犯罪を狙っちゃダメだね」
「早くに書き始めるから大丈夫だよ」
「なにがよ」
「ちなみに、これ書くのに何日かかったの?」
「四日」
「だよねー」
「で、やっぱり殺せなかったというのは無し?」
「無しです」
「計画通りに殺せたのね」
「そうです」
「はい、質問です」
「どうぞ」
「捜査員の資料や情報が全然ありませんが、ここに書かれた情報だけで本当にわかるんですか?」
「わかります」
「つまり刑事の足や科学捜査の知識は関係ないということですね」
「科学捜査と言うと?」
「髪の毛とか指紋とか足跡とかルミノール反応とか」
「なんでスラスラ出てくるの」
「その辺は考えなくていいです。現場検証無しで犯人は捕まりました」
「はい、先生。どんなミスをしたかわかりました」
「お、早い」
「犯人はこのメモを落としてしまい、それを警察に届けられてしまったからばれたのではないですか?」
「違います」
「あれ」
「じゃあ返り討ちにあった」
「あってません」
「死んだと思っていたけど、被害者が生き返った!」
「違います」
「殺した後、車を山林へ移動させる時に事故を起こした」
「違います。逃げる犯人なら事故を焦って事故を起こしていたかもしれませんが、この場合はまだまだ計画途中なので、かなり慎重に運転しました」
「山林で路上駐車を取られた」
「それはコントだわ」
「違うのかー。スクーターで帰る途中にはねられた」
「違います」
「じゃあ、これだ。犯人は男とあるけど、実際に書いたのは女性だった」
「違います! 今回はその叙述トリックがあったとしても特に意味は無いような……」
「体力勝負だしね」
「叙述トリックって?」
「作者がダイレクトに読者を騙す手法で、えーと、知らない人は各自で綾辻行人を読むように」
「こら。職務放棄か」
「おすすめは綾辻行人の『十角館の殺人』です」
「まあ、確かに名作だけど」
「今回の問題に叙述トリックは関係ありません! 一切ありません! 以上」
「あ、打ち切ったよ」
「ちなみに手記を書いて、それを違う誰かが拾って実行したとかは?」
「無いです。メモは落としてませんし、誰かに見られてもいません。警察は犯人を捕まえた後でメモを発見しました。メモから足がついた訳ではありません」
「むぅ、メモの線は無いのか」
「質問でーす」
「どうぞ」
「オービスってなんですか?」
「簡単に言うと、道路に設置しているスピード違反を取り締まるカメラのことです」
「犯人は軽トラックを使ったとありますが、これは犯人が所有していたんですか?」
「レンタルで借りました。今ではホームセンターでも軽トラックの貸し出しを行なっている店舗もありますから、簡単に借りられたみたいです」
「死斑って?」
「人は死亡すると心臓が止まってしまうため、血液の循環がなくなり、重力によって身体が下になっているほうへ血液が溜まって、その部分の皮下が赤黒くなります。その現象を死斑と呼びます。死後の時間経過によって死斑の出方が異なり、死亡推定時刻を測る目安のひとつになっています。死後三十分から二時間で死斑が現れ始め、八時間から十時間後では死体の体位を変えると前に発現した死斑が消えないまま、新しい体位の下部にも死斑が生じる、両側性死斑というものが現れます。死後二十時間ほど経つと死斑は固定されて、この後の死斑は変化しません」
「持ってる紙はなに?」
「質問されるかもしれないけど覚え切れないものをまとめた紙」
「世に言うカンニングペーパーね」
「付け焼刃の知識だから、実際の法医学と違ったら許して」
「大丈夫大丈夫。この中にお医者さんも警察官もいないから、間違ってても誰も分かんないって」
「ありがとう。犯人の知識も付け焼刃だと思って考えてください。犯人はど素人です」
「ターゲットと犯人の関係は?」
「戸籍上は親子になりますが血縁的には他人です。もっと詳しく言うと、犯人の母親の再婚相手がターゲットと呼ばれている人ですね。母親のひも同然でやって来て、酒を飲んで金を巻き上げて暴れまくった挙句、母親が亡くなったら今度は母親の遺産と男のお金を食いつぶす極悪人、と犯人の目には映っていたようです」
「ひどい! ひどすぎる」
「それは極悪人だ」
「とどめは家を売ったこと。犯人の実父がせっかく建てた家、しかも犯人が育った思い出の家を、お金に換えるためにほいほい売ったのがどうしても許せなくて、堪忍袋の尾も切れたみたい」
「家はダメだ」
「せっかくの思い出の家だったのに、可哀想。そんなクズ野郎には天誅じゃ!」
「天誅はもう下ったと言うかそもそも人殺しはダメ……あの、これフィクションだからね。聞いて。白熱しないで。取ってつけた犯行動機だから安心して。モデル? いないいない。妙な真実味? 無い無い。お願いだから本筋に戻って。問題解いて。『相続問題と家族の関係』って議論始まっちゃったの? 本題そっちじゃないよ。いやここは『首が回らなくなるほどの借金がなぜ簡単に発生し得るかを社会の仕組みから考える』に焦点を当てたほうがいいね、ってそれ全然定まってないからね。思いっきりずれてるから。なぞなぞだから深く考えないでー。『パンはパンでも硬くて食べられないパンに、なぜフライパンが選ばれたか』を考えるくらい無駄だから戻ってきてー」
「たしかに。なぜオイルパンが選ばれなかったんだろう」
「お、やっと話を聞いてくれた」
「オイルパンって食べられるんじゃないの? ガーリックトーストみたいな名前だけど」
「車の部品だよ。エンジン部品のひとつ」
「え?」
「え?」
「そうなの? というかなんで知ってるの」
「車好きなんだ。個人的に好きな日本車はスバル」
「へー。じゃあ軽トラックの特徴とか大きさって知ってる?」
「軽トラックはほとんどがマニュアル運転で、軽自動車の規格を元に作られているので、どの車種でも大きさは大幅に変わらない。規定内で大きさや広さを確保するために、メーカーや機種によって一ミリ単位まで細かく異なっている」
「おおー」
「へへん」
「軽トラックって使ったことないんだけど、荷台ってどれだけ積んでもオーケーなの?」
「たしか、荷台からはみ出せる量は法律によって決まっていて、長さは車両の長さの十分の一、幅は車両の幅まで、高さは道路交通法の二メートル五十センチメートル以下、重さは三百五十キログラムまでだったはず」
「すごい」
「拍手」
パチパチパチ
「あんまり詳しくないんだけどね」
「いやいや充分詳しいよ」
「ナイスヒント!」
「え?」
「さぁ、犯人はどんなミスをしたでしょうか」
「これで分かるの?」
「はい。車好きの貴女なら絶対わかります」
「わかった! 犯人はマニュアル車が運転できなかった。エンストを連発しているところに警察が来てぐだぐだのうちにバレた」
「違います」
「それはぐだぐだだわ」
「もう一個だけヒントちょうだい!」
「仕方ないですね。犯人と殺された被害者には体格差がありました。どちらが大きかったか覚えてますか?」
「えっと、犯人は運ぶのが大変だと繰り返していたから、被害者の方が大きい」
「正解」
「あれ、身長書いてないよ」
「ここに書いてあるよ。『「電球を替えたいけど届かない」とかなんとか言って、なるべく梁の下にターゲットを立たせる』って。さて問題です、被害者は踏み台に上がったでしょうか?」
「まさか」
「卑怯だ!」
「わかった、わかった。卑怯にならないように身長を言います。犯人の身長は百六十五センチ、被害者の身長は百八十五センチです」
「殺されたおっちゃん、大きいね」
「これで答えが出るはずです」
「うーん」
「ちなみに軽トラックの荷台の高さって覚えてる?」
「約六百五十ミリメートルから七百ミリメートルだったと思う」
「そして犯人が一番気を使っていたことは?」
「わかった! もしかして犯人は軽トラックで運んでいる途中に警察に目をつけられた?」
「正解です」
作中ではきちんと説明できなかったので、ここで「叙述トリック」の説明を。
〈ミステリ小説において、文章上の仕掛けによって読者のミスリードを誘う(読者に思い込みをさせる)手法。読者の先入観を利用し、誤った解釈を与えることで、読後の衝撃をもたらすテクニックのこと。 通常のミステリ作品におけるトリックとは、犯人が探偵や警察の捜査を撹乱するために用いるものであり物語の中で完結した形を取るが、対して叙述トリックは、作者が読者に対して用いるもので、物語とは無関係に成立することが多い。 ただし「この作品は叙述トリックがある」と言ってしまう(言われてしまう)とネタバレになることが多いので、インターネットで検索する時や作品を紹介する場合には注意を払う必要がある。〉(はてなキーワードより抜粋。一部引用者による編集有り)
『十角館の殺人』は、叙述トリック作品としてかなり有名で、且つ「叙述トリックがあります」と言われても分からないだろうと判断したので紹介させていただきました。名作というより怪作ですが、未読の方(叙述トリック未体験の方)はぜひ。