問題編
どうしてこんなことに。
男は警察を前にして愕然としていた。
俺の立てた計画は完璧だったはずだ。絶対ばれるはずがないと確信していたのに、どうして俺は警察に囲まれているんだ。
「どう説明するんだ」
警察官の一人が俺にすごんでくる。違う、違うんだこれは。あいつが悪いんだ。俺は悪くない。あいつが、あいつが俺を徹底的に馬鹿にして金をせびって、衣食住の全てを俺に依存してやがるくせに、俺を虫けらのように扱うから。自分はパチンコしかできない能無しのくせに、俺をコケにするから。散々稼いできてやってる俺に対して、あれをやれこれをやれと人を家政婦かなにかのように扱うから。あいつが悪いんだ。
しかし男は脂汗をかいて固まったまま話せないでいる。開いた口からは言葉にならない声が漏れていた。
「おい、聞いているのか。答えろと言ってるんだ」
警察官の声も男には聞こえなくなっているようだ。警察官二人は顔を見合わせ、放心状態の男をひとまずパトカーに乗せた。男はもはや抵抗もしなかった。
車を調べていた別の警察官が、男に続いてパトカーに乗り込もうとした警察官を呼び止めた。
「すみません、ちょっと来てもらえますか」
「どうした。なにか出たのか」
「こんなものが」
車内を調べていた若い警察官が手に持っていたのは、文字がびっしりと書かれた紙だった。
以下は男の手記である。
*********
私は明日、人を殺す。緊張しすぎて今から訳がわからなくなりそうだ。人を殺さずに済むならそうしたい。これまでの人生の全てを失うかもしれない可能性がある中、私はやらないといけないのだ。
しかも完璧に。私が疑われないように。一つもミスは許されない。
明日、考えに考えた方法をいよいよ決行する。
しかし私は所詮人間にすぎない。いつミスするか分からない。
頭の中で幾度もシミュレーションした計画もいざとなれば忘れてしまうかもしれないので、メモの意味でここに記していく。
(このメモは実行後すぐに燃やして処分すること)
まずターゲットを、梁のある和室に呼ぶ。時刻は夜中。電球は抜いておく。和室は家の中でも特に暗い位置にあるから真っ暗で見えないはずだ。
梁にはあらかじめ縄をかけておき、(梁に括ったりはせず、かけておくだけだ)、輪の部分が梁ギリギリになるように隠しておく。輪の部分は頭が充分に入るように少し大きめの円になっていることをしっかり確認しておく。小さいと後でまごついてしまう。
私は、たらした縄を背面にするように立って、「電球を替えたいけど届かない」とか「うまく電球が嵌らない」とかなんとか言って、なるべく梁の下にターゲットを立たせる。(この時かなり文句を言われると思うが、殺意を悟られないように聞き流すこと)
ターゲットの機嫌がよかったら、「電球が熱いといけないから軍手でも」と言って嵌めてもらおう。絞められた瞬間、本能的に縄を外そうと首を引っかいてしまうかもしれない。一瞬で蹴りがつけばいいが、体格差があるから少し難しいだろう。余計な傷はなるべく最小限にしたい。
もしここまでの段階でばれたとしても、こっちには全ての用意ができている。逃げられようが逆上されようが、とにかく実行するだけだ。ばれないに越したことは無いが。
ターゲットが梁のそばまで来たら、縄の輪の部分を梁からゆっくり降ろし、ターゲットの首にそっとかける。梁から通した縄のもう一方の先は、私が手に持っておく。ここでばれないようにするのが肝心だ。
失敗は許されない。
しっかりと縄を握って、一気に引く。
死亡が確認できたら、梁に縄を結んで固定する。そして丸一日ほど放置する。ターゲットが軍手を受け取っていたら、この時に必ず外すこと。
家には私とターゲットしかいないから、この時点で他人に死体がばれることは無いだろう。
できることならば死ぬ前にターゲットにおむつをしておきたいが、ターゲットに不審がられるのだけは避けたい。殺すことが一番の目的だ。
床を綺麗に掃除してから、死体にターゲットの靴を履かせて、キャンプ用の寝袋を死体に上下から被せ、さらにその上から大きなゴミ袋とガムテープで封をする。(精一杯の臭い対策だ)
死斑に不自然さが出ないように、なるべくゆったりと覆う。もしぎゅうぎゅうになるようだったら、すぐさまゴミ袋だけへと変更すること。
そのあと私はターゲットの車で、家から少し離れた人気のない山林へ行く。ターゲットの服を着てマスクをすれば、あとで警察が道路の映像を調べても、運転しているのがターゲットだと思わせることができるだろう。念のために、滑り止めつきの軍手を嵌め、ターゲットの帽子(中にはシャワーキャップ)をかぶっておく。(まさか調べはしないと思うが、念のための指紋と髪の毛の対策だ)
帰りは車に積んだスクーターで戻ってくれば、帰りの足に困ることもない。
死亡から丸一日が経ったら、いよいよ計画の仕上げに入る。
自殺に見せるには死斑は首吊り遺体のままでなければならない。どうやら(私の得た知識によると)この死斑によって他殺とばれてしまう場合もあるという。自殺に見せたいのに、背中やお腹などに余計な死斑をつけてしまうのは勿体無い。確実に自殺に見せるには、死体に余計な傷や死斑をつけないことが一番大切だ。
慎重に梁に結んだ縄をほどいて、死体を降ろす。そして間髪入れずに用意しておいた箱(洋服用タンス)へ入れる。この時に死体に傷がつくことは絶対に避けたい。もし心配なら覆っているゴミ袋や寝袋を外してでも確認しなければ。この洋服用タンスにはキャスターを取り付けてあるので、なんとか一人でも運ぶことができる。運んでいる途中で箱の蓋が開かないよう、ぐるりと紐を一周させてしっかりと結ぶ。
それにしてもちょうど良い大きさのものを探すのが意外と大変だった。あちこちのホームセンターや通販カタログ、インターネットのショッピングサイトを見回ってようやく見つけたものだ。人が一人入って且つ運べそうな大きさというのは案外無いものなんだな。通販カタログであのタンスが新作として出てきた時は全身に鳥肌が立ったのを覚えている。あれは「奴を殺せ」という神からの応援だったのかもしれない。
死体を入れた箱(タンスと書いたほうが分かりやすいか)をレンタルしておいた軽トラックに乗せる。軽トラックを使うのは初めてだが、どうにかなるだろう。そして他にも収納ケースやカラーボックスを乗せておけば、個人の引越しだと思わせることができるだろう。
幸いなことに(と言って言いか分からないが)、ターゲットの奴が勝手に家を売ってしまったせいで引っ越せざるを得なくなってしまったのだが、これを逆手にとって、引越しを装いつつターゲットの死体を運んでやろうというわけだ。まさか自分が家を売ったせいで、自分が家具として運ばれるとは思わなかっただろう。部屋はすでに借りる手続きを取ってある。家具を運んでいたって不自然に思われることはない。
家具と共に死体を山林へ行き、さらに頃合の良い木へと運ぶ。(タンスを担がなければならないが、これが最後の大仕事だと思って頑張るしかない。気合いだ、気合い)
滑り止め付きの軍手をはめて、タンスから死体を出したらターゲットを木へぶら下げる。そして死体に履かせた靴に、周りの木の葉や土をかけたりこすりつけたりして、自分でここまで歩いて来たように偽造する。
使った軍手は死体の足元にでも捨てておいて、あとはタンスを担いでトラックへと戻るだけだ。天気予報は明日も明後日も晴れ。雨が降る心配はない。足跡も付かない。
遺書は無いが、借金まみれの男だ。金に困って自殺したと思われるだろう。もし警察に聞かれても「最近悩んでいるようで、食欲も無く、たまに死にたいと漏らしていた」とでも証言すればいいだろう。
あとはアリバイか。死体は最低でも一日以上経っているし、詳しい死亡推定時間はわかるはずがない。丸一日放置している間にでもあちこちへ行って、なんなら友達にでも会えばどうにかなるだろう。
全ては明日だ。絶対に失敗はできない。大丈夫だ。この計画に無理はない。あの山林へは何度か行ったが、人っ子ひとり居ないし、車も通らない。(あの辺りの道はとなりの県への近道となるんだが、悪路すぎて誰も使いたがらないのだろう。未だに未舗装の道ばかりが続くからな)
田舎だから周辺にオービスやカメラも無い。山林付近では誰にも見られることは無いだろう。死体を山林へ運ぶ時間が重要になるが、あまり夜遅いと怪しまれるだろう。昼過ぎから夕方くらいが丁度いいかもしれない。
ああ、そうだ。今日中に和室を徹底的に掃除をしておかなければ。特に梁の上のほこりはしっかりと拭いておかないと。
梁の上だけ綺麗だと怪しまれるから和室全体を掃除する必要があるな。ちょっと大変だが、明日までにはできるだろう。どうせ引っ越すんだ。綺麗にしていたって不自然にはなるまい。
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手記はここで終わっていた。このメモはパソコンで書いたのをプリントアウトしたものらしい。自分自身に宛てたブログのようなものか、と警察官は紙を手に男を憐れんだ。誰かに相談すればこんなことにはならなかったかもしれないのにな。
「でもこれじゃあね」
「真面目すぎたが故に墓穴を掘ったんですかね」
さて、男がしてしまった唯一のミスとは?
この後「推理編」「解決編」と続く予定です。