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最後のチップ

作者: オ氏茸挟



離れる離れる離れる離れる―……




 はじめて出会ったのももう何年経っただろう、いつ頃だったかは忘れた。

だがそれも今では意味を成さない。

ただ一つ、もう会うことができないのが心残りで仕方がない。





 状況は常に時と共に変化し、ぼくの周りだって例外なく形を変える。

あちらもこちらも歳をとれば老けもする。

もういい歳なんだ、訃報ふほうを告げられて泣き崩れる少年ではない、それを聞いて眉一つ動かさない大人になるのが小さい頃の理想だった。

ぼくはそう望んだのだ。

ぼくは鉄の心を望んだのだ。




「……兄ちゃん、明日も会えるかい? 」




 おばあちゃんは言葉を濁しながら小さく呟くように言った。

聞こえるか聞こえないか、まるで独り言のように呟いた言葉は一生会えなくなるかのように元気無く、どこか力がなかった。



 その日から三ヶ月、何度か立ち寄ったが私はそのおばあちゃんに会えていない。



 ぼくはおばあちゃんの何かと、どのような関係かと聞かれれば他人なのだが、ただ――……訳ありで知り合いなのだ。

トイレの神様のようないい歌だったでは終わらせない、カカオのみのビターなチョコより更に苦く、酸欠よりも苦しく頭打ちするほどに辛い話をしよう。





 高齢化社会は急速に激化・加速し、ご存知だろうか家庭の平均世帯人数の大多数が三人程度。

さらに地方の老夫婦ともなれば大概二人、一人暮しで豪邸を構える方もさほど珍しくないのがこのご時世。

一人の生活。

一日二十四時間。

目覚めれば果てなく孤独で、周りの友達はだいたい先に逝った。

留守電も入っていなければ電話もない、訪問もないただただ静かな一日がまた始まろうとしている。

明けても暮れても一人、おはようを言ってくれる者もいなければ食卓には自分でこしらえた自分一人分の食事がちょこんと座っているだけ。

炊飯器やフードプロセッサーやミキサーも一応はあるけれどそれらは使わず、毎朝くるお弁当屋さんの弁当を朝、昼、晩と三食に分ける方も珍しくない。



ああ、寂しい。

何をしようにもこの一言に尽きる。この一言が付き纏う。

デイケアセンター〈高齢者介護施設〉は朝から迎えがきて、夕方になりバスから降りればまた現実に戻って来る。

そこに訪れるは来訪者。

一人暮しの老人にとって訪れる話相手とは、上京して連絡一つなく盆正月一度も帰ってこない家族より、親しく優しい家族のような隣人なのだ。

それが薬屋であろうと詐欺師であろうと何であろうとも。




 息子が十数年ぶりに愛しの我が家に帰ってきてみれば、わけのわからぬ殴り書きのような絵が立派な額縁に納められ飾られていた。

一つや二つじゃない大小合わせ数十枚、小さな家にところ狭しと足の踏み場も無いようにして飾られてあった。

ところによっては、体を癒すマイナスイオンが発生するといわれる鉄の箱を時価百万以上の値で購入したと喜んで嬉しそうに話す今年八十を迎えるのは久方ぶりの母の姿。



彼等は絶句した。

息子は、娘はそれらを目の当たりにして声を上げずにはいられないだろう。

それはそれは明らかなる詐欺の被害か? いや、息子、娘にとってこれらの価値を知らなければ知る術を知ろうともしない、頭ごなしに不用の長物と決め付けているから詐欺と思うのである。

これらはおじいちゃんおばあちゃんにとって必需品と判断したから買ったまでのこと。欲しいから買うという極々当たり前の行動、綺麗で気に入ったネックレスを買うことと同意なのだ。




 その日、小さな電気店に大きな罵声が響いた。


若い、そう若い六十代中盤の男は激昂していた。筋肉質の大柄は真っ赤な耳たぶに、電気店の従業員の胸倉を鷲掴みにして怒りをあらわにした。

原因はどうも先日納品したテレビのことらしい。



「うちのかぁちゃんは一人暮らしなんだ! なんでそんなところに五十型の薄型テレビなんて売るんだ! 詐欺だ!小さいやつで十分なんだよ! あんな部屋小さいやつで! 十三型で十分なんだよ! 」



 怒りをあらわにしながら今にも暴れだしそうな様子の男。

そこに、また別の従業員があらわれた。どこか雰囲気が違う従業員ははっきりとした口調で頭を下げた。


「誠に申し訳ありません。〇〇様の息子様ですね、お母様から噂は常々聞き及んでおります。

申し遅れました。お客様の地区を担当をしております。◆◆と申します。よろしくお願いします」



 名刺入れの上に取り出した自分の名前が載った名刺を添えた従業員は自己紹介を簡単に済ませた。従業員とお客様の息子二人はテーブルに座り会話を重ねる。重ねる度に息子はその表情を変えた。



「常々お母様からは息子様の自慢話しを伺っております。高校時代クラスではずば抜けて成績優秀で、ラクビーも素晴らしい実績をお持ちだと、大学を卒業するなり東京の大手企業でワンマンぶりを発揮されていると、孫が曾孫を出産したものだから今年のゴールデンウイークは帰ってもこれないなど……」




 まるで息子でも忘れていた話しまで飛び出す。

この従業員よくもまあ話が好きなようでベラベラともう小一時間一人マシンガンのようにしゃべっている。

はたと従業員はようやく気がついたようで、話しが脱線してしまいました、と苦笑いで頭を下げた。そこから本題に入る。




「お母様がお選びになられ、お母様の資産で、お母様が納得されてお買い上げ頂いた商品でございます。私どもも間違いもなければお客様に喜んで頂けるようにサービスさせてもらってます。どうか息子様ももう一度考えなおして頂けないでしょうか?」




 なぜお金もださなければ、住まいも違う、ましてや見方を変えれば私はおばあちゃんの長らく親しい友人。

それにケチをつけ天津さえ「うちの母は痴呆がはいってきたから押し売りは止めろ」と言う。



 脳梗塞で一度は長く病院に入ったかもしれない。だが意識はもちろん、意思もしっかりとしたもの家事をこなしいつものように一人で不自由なく生活をしている。

そう今まで当たり前のように一人暮らしだったのだ、何を今さらほっといたのはそちらだろう。

定年をむかえ今から家に帰ってくる。だから押し売りしていた電気屋はいらない、今まで親しかった友人だとはとても思わえない、邪魔だから押し売りするだろうから、もうくるな。よるな。よそへ行け。



 そのような内容の丁寧な電話が帰った後、やはりあった。



 結局、定年を迎えたそのお客様の息子は今からずっと家にいる。だから困った時は自分が全てをするからもう来なくていいそうだ。面会謝絶、結局その三ヶ月の間門前払い、おばあちゃんには一度も会っていない。

そしてその日、唐突に一本の電話があった。

内容は、おばあちゃんが一人の頃に納品したテレビが映らなくなったから見てほしいとのこと。早速なれた道順に車を走らせ、難無く到着をした。




 案の定その息子はよそよそしくにこにこ、一緒にいた息子の嫁もにこにこ。

どうもいろいろこなしたらしい、配線はめちゃくちゃ設定もおかしい、アンテナまでいじっている形成がある。あの巨体だ屋根を歩いた際に瓦も割っている。仕事は県職だったか、ならこれらがわからないのも当然だ。




 茶の間に通されるとちょこんと小さな体格の人が端で座っていた。

それはパッと見て最初は誰だかわからなかった。だが、まさしくお世話になっていたおばあちゃんその人だった。

もちろん私の顔を覚えていたおばあちゃんは痩せ細り、ろれつが上手じゃなくなっていた。

それだけじゃない。私が会っていた頃は近くの店まで歩いて行っていたのに、今では足が弱くなって自分を支えるのがやっとのこさ。理由は簡単だった、ずっとなにもさせず座らせているから。

買い物も行かせない、料理をさせない、おばあちゃんは楽しみは唯一韓国ドラマのテレビだけだと笑って話しをした。



 全てを点検し、結局のところ孫がデジタルテレビに内蔵されているB―CASカードを抜いていただけだった。

それだけでもデジタルテレビは映らなくなるから不思議だ。




 工事もしなくていいくらい解決は簡単だったので、私は昔からお世話になっていた分も踏まえ、お金は頂かなかった。

しかし、これからこちらにはもう二度とこないだろう。

なぜか、それが店の方針であり、行っても何の話しをも聞き入れないお客様は行った先で感謝はするが長くお付き合いをさせて頂く方では無くなったからである。

だから、もうこちらにはもうこない。

きっと呼ばれた今日が最後だ、今後万が一家電が故障したらヤ○ダ電気やジャパネット○カダを利用して解決する。電気屋=(イコール)修理をするという認識息子から、うちには二度と電話はないだろう。



 私が門を潜る寸前におばあちゃんがヨロヨロしながら近づいてきた。



「だっ、大丈夫ですか!? 」


 思わず近寄り手を差し延べる。久しぶりに外に出たかったと言ったおばあちゃんの腕はほんと細く白と血管が黒ずんでいる。趣味の裁縫は続けているのか、韓国ドラマの録画は上手く使いこなせているだろうか、昔から出張ばかりの息子の帰りを楽しみで待っていて、それは行った時に毎回話してくれて、今まさに一緒に暮らす生活になって、今まさに満足なのだろうか、それならいい私はそれでいい。



「兄ちゃん、これ持って行き」



 差し出されたのはティッシュペーパーを綺麗に折り畳んだものだった。お菓子かな? それを開くと福沢諭吉が載ったチップだった。

昔はちょくちょく行く度に五百円やら千円やらをおこずかいといい貰った。それを今さらながらに思い出しお世話になっていたことを真から思い出す。しかし額がふとすぎる。




 そう、おばあちゃんはおばあちゃんなりに私がもう来ることがないとわかっているのだ。



「兄ちゃん、明日も会えるかい? 」



「ええ、明日かわかりませんがまた顔をだしますよ」




 誰もが必死に悩んで正解なんてなくて、みんな苦しんで。今まで沢山の御高齢なお客様がいて、沢山亡くなって昨日もお線香を立てて、けれど泣いたことはない鉄の心のはずだったのに、

その日僕ははじめてお客様のために泣いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 感動するストーリーでした。 よくまとめられている。 [気になる点] なんか人物がごちゃってるかも? [一言] 間違っていたら非常に申し訳ないですが、電気屋の従業員の男性の物語ですね。 交流…
2012/06/03 16:54 退会済み
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