その1 彼女と顔合わせ
オレが彼女を初めて見たのは、町でいちばんでかい屋敷の中だった。オレはそこで働いていて、ある時おっさん(上司)に今日からお前の担当はここだと連れてこられた部屋に彼女はいた。
「…え、なんすかコレ」
「見りゃわかるだろう、旦那様のコレクションだよ」
『旦那様』、オレの雇い主は美しいものを収集するのが好きで、屋敷の中には旦那様のコレクションが山ほどあった。(使用人はコレクションの中に含まないらしく色んなタイプがいたけど、ヘマするとクビなのでみんなそれなりに一所懸命)
センスはおおむね一般と同じ。ちょっと理解できないものもいくつか混ざっていたが…その中でもコレはかなり、異端だ。
いや、美醜という点から見れば素直に綺麗だと思う。ただなぁ…
「コレ、人形っすか?」
「いや、生きてる」
ですよねー!
思わず頭を抱えたくなった。部屋のど真ん中にある巨大な水槽の中でただよっている彼女は、ぶっちゃけ人のカタチをしていたのだ。
より正確に言うなら、上半身は人間、だ。おそらく真っ直ぐだろう黒い長い髪は水流があるのか揺れていて、顔立ちは隠れぎみでよくわからないが美少女な印象。広い袖口の服はフリルがたっぷりで、髪と一緒にゆらゆらしている。
それから、丈の短い服の下からすんなり伸びる、魚の下半身。
いわゆる人魚だった。
「うわー…初めて見た…」
「私も初めて見たけどな。綺麗なもんだ」
「まぁ綺麗っすけど」
「でな、今日からお前コレの世話係だからな」
「はい!?」
予想外の仕事に目を剥いたオレに、しれっとした顔でおっさんが言う。え、部屋の掃除とかではなく?
「で、もしコレが死んだりしたら、お前もこれな」
指をすっと横に動かすおっさん。首の前で。
「クビっすか!?」
「死んだらな。まぁせいぜい機嫌とってなに食うかなにがいるか聞き出せよー。必要なもんは申請な」
「なんでオレなんすか!?」
「だってお前妹いるだろ」
「オレの妹がこんなに清楚なはずがない!」
いやまじで。
「今は麻酔で眠ってる。じきに目を覚ますだろうから、そうしたらお前の仕事が始まるわけだ」
「うわぁ…」
確かに、確かにだ。彼女はオレの妹と同じくらいの年だと思う。けどまぁオレを見てもらえればわかるように決して『お上品な』タイプじゃない。ガキのころは男に混じって遊んだり喧嘩したり、今だって口じゃオレはあいつに勝てないんだ。
それに引き換え、彼女はなんというか…浮世離れ、している。人魚ってことを差し引いてもだ。普通の人間だったとしても外で走り回るよりは室内で刺繍やらレース編みやらしてるほうが似合うだろう。
「ああそれと。コレの情報はなるべく外に漏らすなよ。盗まれでもしたら事だ」
「おっす…」
うう、気が重い。