罪のある人
今の今、世界ではいくつの出逢いがあるのだろうか、それは、きっと数え切れないほどの物語を生み出すんだ。出逢い、別れ、再び出逢い。繰り返して、繰り返す。
死ぬまで終わらない。
ここに一人、青年がいる。見下ろす視線の先に、泣き崩れる母親らしき人物。彼はたった今死んだのだ。
青年と彼の母親はこれから高校の三者面談を控え、高校へと向かう海沿いの歩道を歩いていた。
母親は期待と緊張、青年は落胆と恐怖、各々、足取りは重い。高校へと続く、長く細い歩道。
こんなに長かったっけ?
何度となくそう思った。いつもは隣りの車道を快速で行く車達が、憎く羨ましかったが、今日だけは気の毒に思う。彼らにスピードを緩める権利はないのだ。
しばらく歩く。
そして、会話の話題も尽き、青年はなんとなく車道に視線を向けた。
それは、凄まじい偶然、奇跡的な確率だっただろう。茂る木々の葉の隙間から、まだ、幼い子供が道路に突っ伏しているのを発見した。反射的に見た道路の先には、暴音を引っさげたトラックがある。
彼も初めは半信半疑だった。近くに親と思われる、話し込む女性がいたし、車だって近づけば子供に気づき止まるだろうと思った。
(それでも、嫌な予感がしたんだ)
青年は足を止めずに歩く。隙間が視線から外れ、全く見えない。トラックも木々に姿を隠した。
(まぁ、夢なんかなかったし…)
トラックの音で正確に位置がわかった。
(…唯一の心残りは母さんを置いていくことか)
さっきの子供にもう近い。トラックはスピードを緩めない。いや、トラックにそんな権利はないか。
どうせ、さっきの母親が気づき助けただろう?今頃、母親に手を引かれ、幸せな家庭に戻っていく真っ最中さ。
トラックのあげる金切り声。まるで、悲鳴だ。
近づく
近づく
近づく。
青年は密集する葉を両手でどけ、顔を寝かして、覗き込む。隣りに歩く母親が、青年に声をかけようとするが、トラックの音がそれを拒んだ。
マジ!?
先ほどの母親らしき人物はどこかに消え、子供がまだそこにいた。
走り出した。……何故?……わからない。だけど、だけど。
青年は駆け足ばやにやってくると、子供の両脇を抱え、歩道側に投げた。
子供は足から落ち、顔をぶつけた。
(これで、死んでたら殺人になってたのかな?)
子供は泣き出した。
良かっ
グシャ!!
青年の体は激しくコンクリートに叩きつけられ、不規則に折れ曲がった。
(子供を守って死ぬ…か、明日にはヒーローだな)
どこからか、悲鳴が聞こえる。
(母さんには可哀想なことをした)
トラックは走り去る。
(ごめんなさい)
青年は死に、やがて人だかりが出来る。彼らはよっぽど暇なんだろう。そこに集まった誰もが、私とは直接関係のない人間。
ほんの2、3分前は私など見て見ぬふりだった彼らが、声も高々に惜しげもなく私的時間を割く。
『可哀想〜。でも、勇気あるな〜。バカな奴。死体見てみたい。友達に教えよう(脚色して)。私だったら出来るかしら?』
集まった人間達の頭にある考えが手にとるようにわかる。
(へぇー、これは死んだおかげかな)
どれも自分勝手な考えだった。いや、考えなんてそれ自体がすでに自分勝手なのかもしれない。
(だったら子供を助けたあの瞬間でさえ……)
事故のあった日から、二年が経過し、私は今なお、空を漂う。
私はもう、限定的な空間でしか笑うことも悲しむことも出来なくなってしまった。
でも、今はそれが心地良い。これは、自分勝手な自分自身への私刑なのだろうから。
有り難う御座いました。