9、『覚悟の絶叫』
眼下に見える砂浜には『現実では絶対に存在していないもの達』が激しい戦闘を繰り広げていた。
戦っている一方は、俺に襲い掛かってきた骸骨犬達だったが、もう一方の方が、もうわけがわからないぐらいぐっちゃぐっちゃ。
別に容姿だけのことを言っている訳ではなく、まるで統一性がないそれぞれがそれぞれ違った個体だったから思わずそう思ってしまったが……
様々な二次元作品に登場するキャラクターだったり、伝説とされる生物だったり、人より大きい姿になっている普通の動物だったり、なんだかわからないものだったり…………それらに命令しているぽい人達が浜辺の近くの道路にわんさかいるし…………なんじゃこりゃ!?
俺が浜辺の光景に驚いて固まったのを見たのか、美羽さんはクスリと笑って、
「自警団と協力してくれている武霊使いの人達です」
「……それはわかりますが……かなりの数ですよね? 百は軽く超えてますよ?」
「これでも少ない方ですよ」
少ない!? これで!? そりゃ、自警団が結成されてるぐらいだから、町の規模から考えたらこれでも少ない方かもしれないが……そういえば、自警団の人が町に一か月以上とか言ってたもんな……ってことは、学園の方もか!?
「……つまり、ゴールデンウィークが明ければこれ以上の武霊使いが?」
「はい」
事も無げに頷く美羽さんに、ある程度予想はしていたが、とんでもない現実と可能性をまざまざと見せつけられて呆然としてしまうが……ん?
「……何だか全員妙に疲れているように見えるんですが……」
「さっきも言いましたが、昨日もはぐれが発生してたので、みんな意志力が残り少ないんですよ」
ああ、なるほど、って、そんなんで大丈夫なのか? いや、人の心配をしている場合じゃないよな……
そんな心配をしている間に、コウリュウは浜辺上空を通り過ぎる。
すると、
「あ……そんな……」
何故か美羽さんが愕然となり、オロオロし始めた。
「……どうしたんです?」
俺の問いに、美羽さんは本当に困った。というか、若干泣きそうな感じで俺を見た。
「さっき言っていた剛鬼丸を倒せる人が……怪我してました」
っな! 流石死の運命というか、僅かな希望さえ勝手に消えるか……というか、あの一瞬でよく見分けられたな……
そんなことを思っていると、浜辺と学園がある人工島から十分離れた、町と学園の建物がミニチュアのように見える場所まで来たコウリュウが、急停止し、反転。
どうやらここで迎え撃つ気らしい。
「ここ、今回の『はぐれ発生ポイント』の上なんです」
緊張した様子の美羽さんがそんなことを言った。
なるほど、そんな場所なら周囲に誰もいないから、剛鬼丸がいくら全方位閃光を使っても被害は出ないで済む……ん? 今回? ってことは『他にもある』のか? まあ、これも今は気にすることじゃないな。
俺の視界には、シールドサーバント達に翻弄されながらこっちに近付いてくるジグザグ閃光が入っている。
どうやらちゃんとこっちを追ってきているみたいで、俺は思わずほっとしてしまう。
浜辺の武霊使いの人達に反応したらどうしようかと思っていたからだが……いや、杞憂でよかった。
だが、本番はここからだ。
浜辺の武霊使いや美羽さんも意志力が不足している。
しかも、剛鬼丸を倒せると言った人もどうやら戦力外になってしまっていた。
では、どうする? いや、まあ、どうするもこうするも、俺以外に元気で倒せる可能性がある奴はいないってことだよな……
だが、光の速度。まあ、実際にそこまで出ているかは疑問だが、少なくとも音速以上だよな。ん? ふと思ったが、あの突撃、突風とか起こらないよな? 何らかの力でキャンセルしているのか? ん~じゃないと空気摩擦でとんでもないことになるだろうし……ってことは、近くを通り過ぎても何ともない訳か?突撃を直接喰らわない限り……なるほど……
俺は再び腕を組み、片手で口を覆い、鼻だけでゆっくり深呼吸すると同時に、クイックアップ機能を使用。
周囲がスローモーションになる中、剛鬼丸を倒す方法を考える。
オウキのシールドにぶつかっても、周りの鎧は壊れても、その下の肉体は傷付いている様子はなかった。
それはつまり、鎧の下の肉体はとんでもない硬さを持っているってことだ。
そんな硬い肉体を通すことができるオウキの武装なんてあったか? 一応はいくつか思い付くが、どれも動作が重い。あんなスピードで突撃してくる相手にどうやってそれを使う? それに、さっき意志力切れ? を起こしそうになったことを考えると、そうポンポン武装を出せる訳じゃない。だとすると、最小限の具現化で奴を倒さなくちゃいけない。考えろ、考えろ俺! こういう非日常の出来事を空想であろうと幾度となく考え、答えを作り出してきただろう? 俺なら、いや、オウキなら、きっと――
そう思いながら、俺はクイックアップ機能をフルに使い、一気に剛鬼丸を倒す方法を考えた。
周囲の光景が元の速さに戻ると、俺の思い付いた方法に、オウキが心配する感情を送ってくる。
それで気付く、自分の身体が自然に震えることに。
俺は思わず苦笑してしまい。
やりたかないが、今の俺にはこんな方法しか思い付かないんでな…………
そう思うと、何だかオウキが俺を応援してくれた気がした。
ああ、頑張るさ!
そう気合いを入れた俺に、唐突に、
「逃げてください」
美羽さんがそんなことを言った。
俺が眉を顰めていると、
「夜衣斗さんは武霊使いになったばかりです。そんな人に戦わせるなんてできません」
そうきっぱり言った。
まあ、確かにそうかもしれないが……
「それに、あの剛鬼丸ははぐれ化しています。そんな武霊なら、美羽とコウリュウだったらちゃっちゃっとやっつけられますって」
そう言いながら、俺に対して笑顔を向けたが、その表情はこわばっているように見えた。
ふむ? 今の言い方だと、はぐれ化した武霊は、武霊使いがいた時より弱い訳ってことか? もっとも、顔がこわばっていることや、さっきのつぶやきから、それでもコウリュウでは戦い難い相手だと窺わせる。もしかしたら、それ以外の理由もあるかもしれないが、仮にそうだったとしても、今はそれは関係ないことだろう。
ふーっと俺は息を吐き、
「……逃げるのは、美羽さんですよ」
「え?」
俺の言葉に面食らう美羽さん。
「な、何でです!? 美羽は少なくとも夜衣斗さんより剛鬼丸を知ってますし、武霊使いとしてもベテランです! 戦って勝てるなら、絶対に美羽の方です」
確かにそのとおりだ。正論だとも思う。だが、
「……コウリュウは剛鬼丸と相性が悪いんでしょ?」
「え? どうしてそれを……」
どうしてって……
「……さっき自分で言ってたでしょ?」
「そ、それは……確かに言ってましたけど……耳いいですね夜衣斗さん」
「……今着ているこの服の影響ですよ」
「あ、やっぱりそれも武霊能力何ですか?」
「……ええ……まあ、それに、意志力だって、美羽さんも他の人達と同様に少ないんでしょ?」
俺問いに、美羽さんは若干困ったような顔になって、
「……はい」
しぶしぶ肯定した。
ん~この感じだと、立て続けに言葉を口にした方がいいな……
「……それに、治療中の田村さんはどうするんです? 戦闘に巻き込むんですか? 少なくともどちらかが囮になって、残りが護衛しながら安全な場所まで運ぶ必要があるでしょ? そう考えると、まだ元気な俺が囮になって、美羽さんが田村さんを安全な場所まで運ぶべきです」
「でも!」
反論しようとする美羽さんを、俺は首を横に振って制止し、
「……護衛をするのは武霊に慣れている美羽さんであるべきなんです。何故なら、攻撃より、防御の方が難しいのはどのジャンルでも同じことなのですから……それに、俺はこの町に来たばかりです。安全な場所がどこにあるかなんて知りません」
「で、でも……」
俺の言葉と共に、美羽さんの語尾が弱くなる。
この感じだと説得まで後もう少しか?
そう思った俺は、止めとして、
「……じゃあ、こうしましょう。美羽さんはなるべく早く田村さんを安全な所まで運んで、直ぐに戻ってきてください」
そんなことを言うと、美羽さんは唖然とした表情になった。
美羽さんのそんな姿に思わず俺は苦笑しながら、
「……大丈夫です。勝てる打算はあります。もし万が一勝てなかったとしても、弱らせるだけ弱らせますので、その時は止めをお願いします」
そう言って、俺はコウリュウの背から飛び降りた。
「あ!」
美羽さんの驚く声を聞きながら、黒いロングコートをウィングブースターに変え、飛行する。
その俺の前にオウキは移動し、チラッと俺の方に顔を向けた。
お前が本当に俺の運命を変える存在であるのなら、その力を俺に見せてくれよオウキ!
そう心の中で強く呼び掛けると、それに同意するような感情を感じると共に、さっきから僅かに感じていた身体の震えが止まった気がした。
きっと一人だったら……例えば、超能力みたいな自分で使う能力に目覚めていたら、こんな風に恐れが和らいで震えが止まるなんてことは無かっただろう。
俺は基本的に臆病な人間だから、もしかしたら、泣き叫んでパニックになって、何もできずに剛鬼丸どころか骸骨犬に殺されていたかもしれない。
そういう意味では、武霊で、オウキで良かったと心の底から思う。
月並みだが、一人じゃなくてよかったと強く感じるよオウキ。
何だかオウキが照れたような気がした。
ん~何だか、随分感情が豊かだよな……生じたばかりってわけじゃないのか? まあ、そういうことを考えるのは後回しにして、今は剛鬼丸戦に集中すべきだよな。どうにも俺は気が多いというか……ん~……
不意に、自分の視界を隠している前髪が気になった。
これから命を掛けた戦闘だというのに、視界を制限している自分に対してイラッときたのかもしれない。
そう思った俺は思わず前髪を掻き上げ、PSサーバントの頭部を守っているナノマシンで固定するように思考制御。
髪型がオーバックになったことにより、視界がクリアになると共に、
「わあ……」
美羽さんの声が聞こえた。
隣を見ると、まだ美羽さんがいて……自分の世界に入り過ぎたか……こっぱずかしい……
「夜衣斗さん。直ぐに戻ってきますから、それまで無茶はしないでくださいよ! 後、その方が似合います」
なんて美羽さんは微笑んで、ようやくこの場から飛んで行った。
似合うね……
美羽さんの言葉に俺は苦笑してしまった。
俺は自分の目がそんなに好きじゃない。
何故なら、目付きが若干鋭くて、それを理由に絡まれたことが何度もあるからだ。
だから、前髪で目を隠していて、まあ、それ以外にも人の目線がちょっと怖いって理由もあるが……思えば、久し振りだな、視界を全開にしたのは……
そんなことを思っていると、剛鬼丸がついに展開していたシールドサーバント達を抜けた。
しかも、ジグザグと閃光を空に描きながら、明らかに俺へと向かってきている。
よし、これで赤井さんは狙われないことは確定した。
なら後は!
思え!
可能な限り意志力を回復させる為に、強く強く思え!
生きられる可能性があるのなら、俺はそれに縋り付きたい。
こんなわけのわからない理不尽な非日常に襲われて、いきなり死ぬなんて冗談じゃない!
俺は、俺として、当の昔に日常の中で寿命を全うするって決めたんだ!
まあ、そう決めた時は、色々なことへの反発心とか、明確な理由はなかった。
いや、今も無いか……だが、それでも…………
「生きたい!」
心の底から湧き上がる言葉で、まだ萎えそうになる自分の弱いを奮い立たせる為に、叫ぶ!
「ゴールデンウィーク明けに発売される雑誌を読みたい! 撮り溜めているアニメを見たい! 積まれているライトノベルを読みたい! この間買った新作ゲームの続きをしたい!」
少し戸惑った感じのオウキの感情を感じるが、無視して、自分の中にある我欲を思い付く限り叫び、自分の気持ちを無理矢理上げる。
「なにより! こうして目の前で現実として具現化した……俺のオウキの活躍を!」
小さく息を吸い、
「見たいんだぁあああああああ!」
私欲我欲、見っともないっちゃありゃしないが、今、俺に降り掛かっている死の運命は、俺だけに向けられたもの。
自分を奮い立たせる理由に、自分以外を使うには向かないと思ったんだが……そんな叫びを口にしながら、本当に心に浮かぶのは、家族や親しい人々。
死ぬわけにはいかない!
死んでしまいたいなんて思えない!
怖くても!
辛くても!
逃げ出したくても!
それでも!
戦え!
生きることを……『選択』しろ!
黒樹夜衣斗!