二、『ゴールデンウィーク前に』
気が付くと、俺は畳の上に寝転ばされていた。
一瞬、なんで意識を失っていたかわからなかったが、顎の痛みで思い出す。というか、推測できる。
廃屋から出てきたクラスメイトなクールビューティに打ん殴られたのだろう。
だが、そこで疑問に思う。
俺が着ていたのは、星波学園の制服であるブレザーに偽装したPSサーバントだ。
一見なにもないように見える顔の部分でも、ナノマシンにより覆われており、硬化機能で守られている。
つまり、打ん殴られても、気絶するほどの衝撃が脳の方に伝わるはずがないのだ。
なのに気絶していた。
……武霊能力でも使われたのだろうか?
首をひねり、痛む顎を擦りながら上半身を起こし……そこで、気付く。
物凄い数の女子生徒に囲まれ、見下ろされ、殺気立って睨まれていることにだ。
えっと……なに? なんなの?
訳がわからず、流石に固まるしかできない。
なにかしら問うべきなんだろうが、その言葉が全く思い浮かばず、背中に嫌な汗をかき始める。
正直、女の子が苦手……まあ、人間全般が苦手だが、それ以上に女性は対応に困ってしまう。
美羽さんのように自ら接触してくるタイプなら、それに応じるように考えればなんとかなる。
が、こうして黙って睨まれてしまうと……過去に受けた女性からのいじめを連想して、身体が強張るのを止められない。
一人でもそうなのに、パッと見た限り十数人に囲まれてしまえば、もはやパニック寸前だ。
俺のその心情に反応したのか、半透明のオウキが背後から出てくる。
その瞬間、数人の女子生徒が後ろにたじろぎ、残りがその反応に眉を顰め、ハッとして、更に険しい表情になって俺を見た。
後ろにたじろいだのが、武霊使いで、残りは違うってことか? その割には、たじろいだ人達の背後に武霊が出てこないな?
疑問にとりあえず意識をそらして冷静になろうと努めようとするが、固まる身体をなんとかするまでには至らなかった。
それにしても……なんで彼女達は敵愾心いっぱいで俺を警戒しているんだろうか?
「あら? 起きたのかしら?」
その声は、俺の正面、女子生徒達の壁の向こうから聞こえてきた。
「みんな。この場は私に任せて、早く教室に戻りなさい」
「で、でも……」
声の指示に、壁となっている女子生徒の一人が抗議の声を上げるが、その言葉は尻すぼまりになってしまう。
ふむ……周りが畳であることを考えると、柔道かなんかの部活で、指示した人は部長、周りの女子は部員って感じなんだろう。っで、最後の記憶から考えて、ここは廃屋だと思っていた木造建築の中と考えるのが自然だろう。周りはぼろぼろだったが、中はそうでもなかったということか……
など周囲を見ようとするが、じろっと周囲に睨まれ、首を引っ込めることしかできない。
な、なんか、普通の女子より迫力があり過ぎるんですけど……やっぱり武術をやっているのか?
などと戦々恐々していると、正面の人垣が割れた。
そこから凛とした雰囲気の女子学生が現れる。
緑のネクタイだということは、三年の先輩か……
若干細目の鋭い目付きに、サラサラとした肩まであるロングヘアな彼女は、俺の前まで移動すると、いきなり溜め息を吐いた。
「黒樹夜衣斗君だったかしら?」
頷くと、彼女は少し眉を顰めた。
「色々とタイミングが悪かったとはいえ、女性護身武術部の道場前に不用意にいるのは不用心過ぎるわね」
女性護身武術部? ……なるほど。
妙に納得するが、護身の域を超えてないか?
周りの迫力に困惑することしかできないが……クラスメイトの子はこの場にはいないみたいだな。
「あと、巴に近付かないでね。今の彼女は危険だし、この子達もね」
彼女の言葉に、俺は前髪の下で眉を顰める。
このタイミングで名前を言って近付かないでというということは、クラスメイトの名前は巴で間違いないんだろう。だが……彼女と周りの子達が危険?
疑問符しか浮かべられないことを言われ、困惑するしかないが、だからといってその疑問の答えをこの場で求めるほど空気が読めない野郎ではない。というか、彼女達が殺気立ちまくっているので、命の危機を感じるんだよな……
昼休みは結局、気絶していたために下見は殆どできなかった。
その原因であるクラスメイトの巴さんは、今も今とてクールな感じで授業を受けている。
直前に俺を伸したとは思えないほど、こっちに対して無関心だった。
転校初日は彼女からよく視線を感じていた気がしたのだが、それ以降はそんなこともなかったので、通常運転だといえば通常運転だ。
しかし……ん~よくわからん。なんで俺を伸したのか、同じ部活の人達の反応といい……なんであれ、詳しく説明がなかったってことは、不用意に部外者が深く立ち入るべき事柄ではないだろう。
そう思っていたのだが……
「飛矢折が気になるのか?」
放課後、村雲がそんなことを言ってきた。
視線を教室から出ていく巴さんの背中に向けていたので、彼女の苗字なのだろう。つまり、『飛矢折 巴』がフルネーム。
「……どうしてそんなことを聞く?」
「そりゃ、あれだけあからさまに顔を向けていたらな……」
苦笑する村雲に、俺は頬を掻くしかできない。
ん~少し不用心過ぎたか……前の席の村雲にも気付かれたってことは、隣の席の飛矢折さんにもしっかり気付かれているだろうな……失敗した。
「まあ、気になるのはわかる。外国人とか目立つ奴らがいるようなクラスの中でもトップクラスの美人だしな……とはいえ、ちょっかいは出すなよ?」
ニヤッとする村雲だが、俺が否定するより早く、真剣な面持ちになった。
「というか、本当に不用意に接触するなよ?」
「……どういう意味だ?」
俺の問いに、村雲は眉を顰め、視線を彷徨わせ、困ったって感じで後頭部をかいた。
「まあ、黒樹なら問題ないか……」
そう呟いた村雲がその後に口にしたのは、驚くべき言葉だった。
「飛矢折はゴールデンウィーク前に、武霊を使った連続婦女暴行犯に襲われたんだよ」