一、『赤井とその武霊コウリュウは強いぞ』
いよいよ美羽さんが出てくる。
ここ最近、というか、転校してから毎朝、美羽さんと一緒に登校しており、基本的に彼女が一方的に喋って、相槌が欲しそうな感じで間を開ける時に軽く俺が喋る。みたいなことをしているたが、今日は始終だんまりだった。
ただ、どうにもにこにこしている。
「……嬉しそうですね」
思わず聞いてしまうと、ちょっと顔を赤らめる美羽さん。
「だって、夜衣斗さんが美羽の望んだ通りに、今日まで捕まらずにいてくれたんですもの」
なんて何故かモジモジしながら言う美羽さんに、俺としては困るしかない。
傍から見ると勘違いされそうな動作は止めて欲しいものだ。他の登校中の生徒の目線が気になる。が、とりあえず言っとくべきことは言っとくか。
「……素直に捕まる気はないですよ?」
「ええ、構いませんよ。だって、美羽とコウリュウからは誰も逃れられませんから」
なんて大胆不敵ににっこりと笑う彼女に、俺は顔を引きつらせることしかできなかった。
「赤井とその武霊コウリュウは強いぞ」
そう俺に言ったのは、コンビニで買ってきたらしいメロンパンを食べている村雲だった。
時間は昼休み、今日の下見に向かう前に声を掛けられたのだ。
「……改めて言われなくたって、十分理解しているつもりだが?」
「んにゃ。わかってない」
俺の言葉に、村雲はにやりと笑う。
「お前が一緒に戦ったのは、意志力が不足した状態の赤井だ。あれをベースに考えている限り、いくら心構えを決めていようと足元をすくわれるぞ?」
「……まあ、そこら辺を加味して作戦は練っているつもりなんだがな……」
「まあ、とりあえず、昨日までと一緒だと思わないことだな」
「……苦慮するよ」
「夜衣斗様。赤井さんにはお気を付けてくださいですの」
と俺に言ったのは、下見のために下駄箱に向かう途中にばったりと会った琴野さんだった。
いや、ばったりじゃないだろうな。ここ最近の俺の行動パターンは、別に隠してもいないし、あのぼんやりとした久楽さんまで伝わっているほどだ。ん~今更だが、もうちょっと密かにやるべきだったか?
などと思いながら、俺は琴野さんに対して頷く。
「……十分気を付けますよ。その為の準備も作戦も怠っていませんし」
「それでも、ですの」
念を押すようにそう言った琴野さんに、俺としては再度頷くことしかできなかった。
部活の先輩だった村雲に、親友だった琴野さんまで、揃って気を付けるように言ってきた。
前四日の俺とオウキの戦いを見ても、わざわざ警告してくれるということは、それだけ体調万全の美羽さんは厄介ということなのだろう。
全力全開本気の美羽さんを、確かに俺は知らない。
勿論、村雲に言った通り、そこら辺を含めて今日の作戦は考えている。
が、二人に立て続けに忠告されると、どうにも不安になってしょうがない。
そもそも、俺の中にまだ自分に対する確証というのがないのだ。
オウキに対する確証は、ここ数日の連勝で出来つつあるが、それでもやっぱり、それは武霊のおかげ。そういう思いが、俺の中には確固として存在してしまっている。
まあ、実際その通りなのだ。俺が勝てる作戦を考えられたのは、武霊たるオウキがこの世界に具現化しているからにほかならない。
オウキがいなければ、俺なんてただの平均以下の高校生だ。
だからこそ、それを自覚して、作戦を考え戦わなくてはいけない。
というか、それしかできない。
ふーっと大きく息を吐き、自嘲する。
俺自身としても強くなりたいが、ただの人間が一朝一夕で強くなれるだなんてフィクションの世界だ。なら、なにかしらの方法でチートするしかない。
それが俺にとっては武霊オウキなのだ。
なら、とことんまでチートしまくるしかないよな……そして、そのチートな力をただ振るうだけでは、条件としては同じ、あるいは経験値が低い分、こっちの方が不利だろう。
だとするのなら、できる限り、いや、それ以上の準備と予測は必須だ。
そう決意を新たにして、俺は下見を始めた。
本日の舞台として考えている場所は、複数ある。
何故なら相手は空を自在に飛ぶコウリュウだ。ほんの一瞬で戦うエリアが変わることが多々あるだろう。
つまり、設置型のトラップや待ち伏せは使い難いってことだ。
まあ、あくまで地上ではって話なので、やりようはいくらでもある。
ついでにいえば、切り札だって温存しているのだ。
オーバードライブを使えば、真正面からでもコウリュウと戦える……かどうかはわからないが、少なくとも速攻でやられることはないだろう。
とはいえ、あらゆる方向で戦い方を検討すべきだ。
なんせ、相手はあの美羽さんなのだ。準備し過ぎても、やり過ぎということにはならないだろう。
そもそも破壊力が違うしな……
一緒に戦った時のことを思い出し、俺は眉を顰める。
流石にレーザーブレスをこんな場所で使うことはないだろうが……
周りを見回し、カオスな建物群を見る。
なんというか、丈夫そうな建物の中に、チラホラ壊れやすそうなのが混ざっているんだよな……
そんな風に思っていると、一つの建物に目が奪われた。
ぼろぼろな木造建築物がそこにあった。
潮風対策とかをしてなかったのか、たまにテレビとかで見掛ける感じに木の壁やら屋根やらがぼろぼろになっている。
ん~なんの建物なんだろうか? そう思いながら引き戸に近付いて、開けてみようとするが……重い……ん~……釘でも打ってあるんだろうか? ということは、もしかして、廃墟? まあ、ぼろいし、部屋なんて地下も含めれば腐るほどある学園だしな。こういうところも一つ二つあるだろう。
なんて思って取っ手から手を離した瞬間、引き戸が勝手にかつあっさり開いた。
驚いて固まっている俺の目に入ったのは、黒髪黒目で腰まである三つ編みの女性。
隣の席のクールビーティーなクラスメイトだった。
なんでこんな所に? というか、えっと……こういう場合ってどうすれば――
あまりの予想外な遭遇に、半ば俺が混乱し、思考が空回りしようとし始めた瞬間、目の前からクラスメイトの姿消えた。
二度目の驚愕は、できなかった。
何故なら、次の瞬間、下顎に強烈な衝撃を感じ、宙に浮かぶ感覚と共に俺は意識を失ったからだ。