五、『これが狙いだったのか!?』
久楽さんがルルラに与えたのは、ある超常の活動日記だった。
あの作品には、超能力者は勿論、魔法使いやら超科学の使い手やらとんでも人間ばかりが登場してくる。
つまり、そのとんでもなキャラクターの一人の能力を指定した相手に使わせることができる武霊能力をルルラは持っているのだろう。
ルルラは瞬間移動能力者、久楽さんは超人格闘家の能力を振るっていると考えれば、確かにそういうキャラがいたことを覚えてはいる。
が、だからといって目の前まで迫られてしまえば、即座に対応策を思い付けるわけでもなかった。
シールドサーバントごと強引に迫る久楽さんが、その手が俺に届く距離まで接近すると同時に、手刀を突き刺してきた。
まずいと思った瞬間には、あっさり腕がシールドを貫通し、ロングコートの襟を掴まれてしまった。
「捕……まえた」
空いたシールドの隙間から、久楽さんの声が聞こえてくる。
だが、捕まえたのはPSサーバントの部分だ。まだ逆鬼ごっこのルール上では捕まってはいない。だから俺は、慌てずに掴んでいる久楽さんの腕に、拳銃の銃口を押し付けた。
ゼロ距離ならいくらなんでも避けられないだろ!
装填した電撃弾を撃とうとした。
だが、それより早く、久楽さんは後ろに飛んでしまう。
結果、引っ張られた俺の身体は、展開されている不可視のシールドにぶつかり、拳銃の狙いもそれてしまった。
っく! だったら!
シールドに押し付けられている拳銃を強引に自分に向け、電撃弾を撃つ。
PSサーバントは、露出している頭部の部分も含めて、ナノマシンによって防護されている。そのため、電撃を受けても俺自身にその影響は生じない。つまり、防がれた電撃は周りへと流れ、久楽さんの下へと届く。
バチンっと音を発てて、弾かれるように俺から手を離し、飛び退く久楽さん。
だが、久楽さんは片手をひらひらするだけで、気絶どころか、電撃による痺れすら起きていないようだった。
そういえば、ある超に登場する超人格闘家って、どんな攻撃を受けても即座に立ち上がってくるほど耐久力があったな……どうする? 威力を上げるか? だが、果たして防御力を超えるほどの攻撃を生身の相手に対して使ってもいい物だろうか? 攻撃した瞬間に、武霊能力の効果が切れて……なんてことになりかねないと考えるなら、久楽さんに対する攻撃は、加減が利く以上のことをしては駄目だろう。なら、狙いはルルラに絞るべきなんだが……
オウキと対峙しているルルラは、オウキを足止めしていることに終始しているのか、消えては現れ、現れては消えを繰り返し、防御も反撃も許させていなかった。
オウキの足下に、二丁拳銃やら震王刀やらが銀色の串に串刺しにされて転がっているのを見れば、記録映像で確認しなくても苦闘ぶりはよくわかる。
駄目だな。このまま無策で戦うのは危険だ。
クイックアップ機能を使うのは極力避けるべきだとするのなら……
「オウキ! ジャミングスモーク! 煙に紛れて学園大門に向かう!」
俺の命令に即座に応えたオウキは、全身の簡易格納庫を開き、白い煙を噴き出す。
近距離で戦っていたため、一気にルルラは勿論、俺や久楽さんもジャミングスモークに巻き込まれ、なにも見えなくなる。
だが、オウキはもとより、PSサーバントを着ている俺には、この白い視界の中でも周囲の環境を認識することができる。とはいえ、相手はサーバント達を吹き飛ばせるほどの息を出せるキャラの能力を使えるんだ。
こんなめくらまし一瞬しか効果がないだろう。
しかし!
ジャミングスモークが吹き飛ばされる。
久楽さんとルルラは、即座に学園大門の方を見る。だが、そっちの方向には俺とオウキはいない。
何故なら、逆方向の大学図書館へと逃げているのだ。
まあ、単純な言葉による意識誘導をしたってだけなんだがな。
なんとなく有効かもって思っただけなんだが、思いの外、効果があった。もしかしたら、純粋無垢な人なのかもしれない。
なんて思いながら、俺とオウキはマルチフットをローラーフットに変換して、一気に学園庭園から抜ける。
向こうに瞬間移動能力がある以上、どんなに遠くに逃れても、直ぐに追い付かれるだろう。
俺が欲しいのは、あくまで今の戦闘で得た情報を基に思考する時間と、吹き飛ばされたサーバント達が戻ってくる時間だ。
続々と戻ってきたサーバント達をけしかけ、更に時間を稼ぎつつ、考える。
ある超常の活動日記は長い作品なので、かなりの数のとんでもキャラクターが作中に登場している。だが、一巻ごとに登場してくるキャラは大きく違い、レギュラーキャラでも数巻に渡って全く登場しないなんてこともある。敵キャラにいたっては毎巻ごとに違うのが出てきているので、全巻合わせれば万能性はオウキを超えるかもしれない。
だが、今のところ見せたのは、五巻目で登場した瞬間移動能力者と超人格闘家のみだ。
主役の能力は勿論、他の巻のキャラの力を切り替えるように使えば、俺を捕まえた時に逆鬼ごっことして捕まえることができたはず。
なのにそれをしなかったのは、つまり、できない、もしくは直ぐに切り替えることができないのだろう。いいや? 考えてみれば、食べたのはまさしく活動日記の五巻なのだ。普通に考えれば、使えるキャラはその食べた本のみだと予測できる。だとするなら、切り替えはルルラのみ可能で、久楽さん自身はできないかもしれない。なんにせよ、この予測が正しければ、使えるキャラの数と能力は限られるだろう。
だとすれば、活動日記の五巻ことを思い出せば、対応策を構築することが可能なはずだ。
確か……五巻で登場してきたキャラは、瞬間移動能力者と超人格闘家以外に、主役とヒロインと……
思考を巡らせている間に、サーバント達の牽制を掻い潜り、久楽さんとルルラが合流してしまった。
ほぼ同時に窓がない黒い三階建てぐらいの建物・大学図書館前に辿り着いた。
実は、ここに来たのはある程度の打算があるからだ。
久楽さんが図書委員長であることを考えると、流石に活動の拠点である場所に害が及ぶような攻撃はしないだろう。という思惑。
果たしてそれが功をそうしたのかなんなのか、合流した久楽さん達が手を繋いだ状態で瞬間移動してきたのは、大学図書館のガラス張りの入り口の前だった。
見様によっては庇うように立ってはいる。加えていえば、久楽さんが片手を閉じ、出来上がった空洞に親指を入れ、こっちに向けているようだった。って、ヒロインキャラに切り替えたか!?
そう思うと同時に、久楽さんの手を繋いでいない右手が電撃を帯び出す。
活動日記通りなら、その手の中にはパチンコ玉が収められているはずだ。
ヒロインの能力は電撃操作。つまり、人体レールガン。
狙いは……オウキか!
咄嗟にシールドサーバントを展開し、オウキ自身もシールドリングを使ってシールドを多重に展開する。
瞬間、超電磁加速して放たれるパチンコ玉。
凄まじい爆音と閃光に襲われ、同時にオウキも吹き飛ぶ。
完全に防ぎ切れなかったようだが、オウキは吹き飛ばされただけで、ノーダメージで着地した。
連射させるわけにもいかないので、ソードサーバント達を突撃させ、瞬間移動を誘発させる。
次に現れた場所は、俺のすぐ背後。
その手に電撃を纏わせながら、俺に放とうとする久楽さん。
しかし、電撃程度で俺を止めることなんてできはしない!
久楽さんが俺を指差した瞬間、電撃が放たれ、電流が俺の身体に流れる。
だが、PSサーバントの防御力を超えるほどではない。
腰の簡易格納ホルダーから震騎刀を出し、居合切りのようにルルラを狙う。
下から上へ斜めに斬り上げた斬撃は、ルルラの脇から反対側の肩へと抜ける軌道を取っていた。
だが、ルルラがそっとその手を震騎刀の刀身に触れた瞬間、彼女の頭上を越える軌道に変えられてしまい、斬撃は空を切る。
っく! 超人格闘家に切り替えやがったか!?
そう思った次の瞬間、久楽さん達が手を離し、ルルラがピタリをその両手を俺の胸に当てた。
ヤバい! この動きは――
回避行動を取るより早く、ルルラから超人格闘家の技が放たれた。
狙った対象のみに衝撃を与える浸透剄。だったか?
叩き込まれたとんでも武術は、PSサーバントを一瞬で破壊し、俺の格好をブレザー姿に戻してしまう。
これが狙いだったのか!? と気付いた次の瞬間、PSサーバントが纏っていた電撃に、俺は襲われた。