7、『赤井美羽』
俺の命令に、オウキの両肩からハリネズミのように無数の針が寝た状態で付いた小型円盤・治療用サーバント『ヒーラーサーバント』が一対現れる。
治療用の名のとおり、怪我人の治療ができるサーバントで、脳さえ壊れていない限り死んだ直後でも蘇生することができる。
のだが……
本当に治すことができるのか不安に思いながら、出したヒーラーサーバントと共に自警団員の人の傍に降り、黒いウィングブースターをロングコートに戻す。
自警団員の人の上に移動したヒーラーサーバントの針が一部立ち上がる。
その針の先端には、シールド発生装置であるレンズが付いており、発生したシールドで自警団員の人の身体を浮き上がらせた。
浮き上がったことにより開いた下に残った片割れが入ると、全ての針を立ち上がらせる。
立ち上がった針が次々と外れると共に、射出され、自警団員の人の身体の各所に突き刺さった。
針にはヒーラーサーバント本体に繋がる細い管が付いており、そこから治療用のナノマシンが注入される。
頼む! ………………あ! …………おお!?
俺の見ている前で、自警団員の人の腹に開いた穴に黒い液体が満たされて塞がると、その色が徐々に肌色になり始めていた。
しかも、直前まで止まっていた胸の上下もちゃんと動き出し、ほっとした。今までの人生で経験したことが無いほど、これでもかって感じでほっとした。これなら自警団員の人はた――
助かる。
そう思おうとした時、空で待機していたオウキが俺に警告した気がした。
その瞬間、強烈な閃光が上空で発生!?
っく! 最初に見せたクレーターを作った全方位閃光か!?
閃光が収まると同時に上空を見ると、全身の鎧を開いた剛鬼丸がこっちを見ていた。
向けられた視線にぞくっと、背筋が寒くなる。
「オ、オウキ! セレクト! ダブルシールドリング!」
俺の命令にオウキは壊れたシールドリングを投げ捨て、新たなシールドリングを両手に嵌めつつ、俺と剛鬼丸の間に入った。
ほぼ同時に、剛鬼丸の鎧が閉じ、強烈な光が生じた。
今度もオウキの姿が掻き消えるが、今回のシールドリングは何故か壊れてはいなかった。
もしかして、想像で武装しているってことは、俺のイメージ次第で具現化の割合が上下するってことか? だから、オウキのみで具現化させた際は直ぐに壊れ、同じ閃光突撃でも今回は壊れなかった。差し詰め『具現化率』って所か? なんであれ、防御できたのは大きい。
オウキと剛鬼丸は互いにクレーターの端と端に突き刺さり、オウキは身体が見えていたが、剛鬼丸は突撃していた分か、深く穴が空いており、その姿が見えなくなっていた。
チラッと治療中の自警団員の人を見る。
腹に開いた穴はかなり塞がっていたが、剛鬼丸によって受けた手足の骨折や火傷などの治療も含めて、まだまだ完治までには時間が掛かるように見えた。
脳内ディスプレイに映る文字化けばかりの治療データも、自警団員の人をデフォルメしたアバターが現れているので何となく治療に時間が掛かるような感じを示している。
ここじゃまずい! いつ、剛鬼丸のターゲットが自警団員の人に向かうかわからない。いや、それ以上に、あの全方位閃光に巻き込まれる可能性だってある。
今いる場所が住宅街であるのなら、クレーター化した家は留守だったみたいだから被害者は出てないだろうが……
心臓の鼓動が不意に早くなる。
さっきまではオウキが現実に具現化した興奮と、剛鬼丸が襲い掛かってくる状況によって恐怖心を感じる暇はなかった。
が、これからの自分の行動に他人の命が関わってくることに、それまで感じたことがない恐怖に近い感情が生じ……ああ、現実逃避したい。
そんな余計な思考が隙を呼んでしまったのか、再びオウキが俺に警告の感情を送って来たことに反応するのが少し遅れた。
不意に近くの地面がぼこりと隆起!?
しまった!? オウキ!
俺がオウキに呼び掛けると同時に、隆起した地面から土を撒き散らしながら剛鬼丸が飛び出した。
反射的に両手に握っていた二丁拳銃から冷凍弾を連射し、全て剛鬼丸に当たる。
だが、表面が凍っても剛鬼丸の動きは止まらず、その両手が俺を握り潰そうと迫る。
副眼カメラでオウキがウィングブースターを使って俺の下に急いでいるのが見えるが、駄目だ! この距離では間に合ない!
今度こそ、死ぬ!
そう諦めかけた瞬間!
いきなり剛鬼丸の身体が九の字に折れ曲がって横に吹き飛んだ!?
窮地から脱することができたことと、予想だにしない出来事が重なって、唖然とするしかない俺。
剛鬼丸が飛んだ方向に視線を向けると、巨大な赤い鱗のようなものが彼を地面にめり込ませるように押さえ付けていた。
これでは上手く動けず、暫くはあの場に拘束されるだろうが……
不意に俺の耳に、何かが羽ばたいてくる音が聞こえ始めた。
背後から聞こえてくるその音は、鳥のようだが、音の大きさが全然違う。
勿論、あくまで翼を模しているだけのウィングブースターの音ではない。
では、何だ?
疑問と共に振り返り、音の発生源を確認すると、そこには巨大な赤いドラゴンが飛んでいた。
二本の角を生やした頭部。
長い首と繋がる人のような腕と胴体。
腕とは別に背中に生えている翼を持つ全長十メートル近い真っ赤なドラゴン。
それがこちらに向かって飛んできている。
正直、驚き疲れた。
次から次と非常識なことばかり起きて、鬼の次はドラゴンって、本当にいい加減にして欲しい。
そんなことを考えていると、オウキがようやく俺の隣まで戻ってきて、ドラゴンから俺を守るように降り立った。
ちょっと、ほっとする。
現状、唯一明確な味方はオウキだけだからだろうが、状況から考えて、剛鬼丸を抑えているのは、このドラゴンの鱗なんだろう。普通のドラゴン? がこんなことができると描写されている話は聞いたことが無いから、このドラゴンも武霊なのだろうが……待てよ。ってことは、この武霊ははぐれていない?
そう思った時、何となく予感めいたものを感じて、道路がある方向を見上げる。
すると、間を置かず、
「うわ! 何これ!?」
自転車に乗った誰かが、クレーターによって途切れていた道路に現れた。
その姿を俺はPSサーバントで強化された視覚で思わず凝視してしまう。
上下青いジャージで、スレンダーで均整のとれたバランスの良い身体付きだが……やや貧相……って、何失礼なことを考えてんだ!
そんな不純なことを考えていると、何のタイミングか、不意にその女の子と目が合った。
変な意味でドキッとしたが、そのおかげで彼女の顔をよく見ることができた。
髪型がショートカットなその彼女の顔は、活発さを絵に描いたような、若干大きめな瞳に、幼さと元気さが前面に出ているようなそんな印象を受け、物凄く好みの顔だと思ってしまった。
俺を見た彼女は、驚いた顔になり、視線をオウキに向け、首を傾げた。
そして、オウキから治療中の自警団の人へと視線を移動させると、驚いた顔になってから、悲しそうな表情を浮かべる。
そんな彼女が俺に何かを言おうと口を開こうとした時、赤いドラゴンが俺と彼女の間に降り立った。
しかも、どういうわけか、その大きさが二メートルぐらいのサイズに縮んでいた。
もしかして、想像を基に具現化しているから、大きさも自由に変えられるのか?
ってことはオウキも? ん~……どうやるんだろうか? まあ、とにかく、これでドラゴンは彼女の武霊だと確証が得られたが、何か言わないと攻撃されそうな感じでドラゴンに威嚇されているし……
ドラゴンの背後にいる彼女の腕に腕章はない。
だが、こんな所に来るぐらいだから、自警団の人と同じ役割か、それに近い人間なんだろう。
って、そんな相手になんて言えばいいんだ?
正直、初めて会った女の子に話し掛ける度胸は無いし、経験も無い。何より武霊のことはある程度得た情報とそこから導き出した推論で何となくわかり始めているが、それ以外は何もわかっていないに等しい。
それが俺の人見知りに拍車をかけてしまっているようで、それ所ではないのはわかってはいるが、何だか、さっきとは別の意味でピンチだ。
くそっ! かなり情けないぞ俺!
俺が困って沈黙してしまっていると、自転車から降りた彼女が滑り落ちるようにクレーターの中に降りてきて、威嚇するドラゴンを手で制した。
すると途端に大人しくなったドラゴンの隣に立ち、その身体に片手を置く。
ん~何か途端に可愛く見えるのは気のせいか?
なんてどうでもいいことを思っていると、近付いてきた彼女が、若干不安そうに、
「美羽は『赤井 美羽』って言います。この子はコウリュウ。あなたは?」
ちょっと変な感じで名乗ってきた。
どうやらこの人の一人称は自分の名前らしいが、リアルでは初めて見るタイプだな……まあ、そんなことより、名乗られたら、名乗り返すのが礼儀だよな……
そう思った俺は、不安にさせている原因かもしれない両手に持っている二丁拳銃を簡易格納ホルダーに戻し、
「……俺は黒樹 夜衣斗……こいつはオウキです」
俺の名乗りに、驚きの表情になる赤井さん。
何だ? 何を驚いているんだ?
「もしかして、『黒樹 春子』さんの甥っ子さんですか!?」
え!? 何で叔母さんの名前を知ってるんだ!?
俺が驚いていると、赤井さんは微笑んで、
「実は――」
その理由を話そうとした時、何かを叩く強烈な音と、バキンっと割れる音がした。
音のした方、剛鬼丸の方を見ると、剛鬼丸は自分を抑え付けている巨大な鱗に、拳を器用に叩き込んでおり、たった一撃なのに、かなり深いひびが入っているようだった。
これはあまり持ちそうにないな……。
「とにかく、詳しい話は後で」
そう言うと、赤井さんは素早くコウリュウの背中に乗った。
「夜衣斗さん」
や、夜衣斗さん!? しょ、初対面の女の子に名前で呼ばれたことなんて今まで一度も……って、今はそんなことで動揺している場合じゃないだろ!
「乗ってください!」
そう言って俺に手を差し出す赤井さん。
まあ、逃げるのは賛成だが、あんな狭い場所に乗れって言われてもな……というか、女の子の後ろってのも……
そう思った俺は、
いや、自前があるんで……
と断ろうとした時、剛鬼丸の二撃目の音がし、抑え込んでいる鱗のひび割れが更に大きくなる。
そのことに慌てた赤井さんが、
「っと、とにかく」
そう言うと共に、俺の身体がふわりと浮かび!? 何! 何だ!? あ! コウリュウの念動力か!? 鱗を飛ばしたみたいに、俺の身体に使っているのか!? というか、念動力のある竜って、いや、いないことは無いか?
などと思っている間に、俺の身体は赤井さんの近くに移動し、
「私の後ろに乗ってください。一旦、逃げます」
そう言って俺の手を握り、引き寄せ、自分の後ろに乗せた。
女の子に握られたのは小学校のダンスの授業以来な為、かーっと顔が赤くなったのが自分でもわかる。
幸いなことに、赤井さんの視線はコウリュウが掴もうとしている自警団員の人に向けられていたので、気付かれることはなった。
ほっとしつつ、
「……治療中なので、周囲に不可視の力場……え~っとバリアみたいなのが張ってあります」
不可視のシールドに戸惑っているコウリュウに戸惑っている赤井さんにそう言うと、
「え!? あ! はい! わかりました! では、飛びます!」
驚きの声を上げて直ぐに納得したのかしてないのかよくわからない感じで早口でそう言うと、コウリュウが力強く羽ばたき、あっという間に、念動力も使ったのか、垂直に飛び上がった。




