一、『基本的に武霊ファイト馬鹿』
お~まさか一日であの惨状がたった一日で修繕されるとは……星波学園の園芸部もなかなかやるな。
なんて思いながら俺が歩いているのは、学園庭園の森エリア。
昨日の放課後、美羽さんと琴野さんの大喧嘩の余波により学園庭園が半壊してしまった。特に森エリアの惨状は全焼といってもいいぐらいになっていたんだが……それなのに今は、厳密にいえば、朝の時点でなんともなかったのだから、実質半日以下か? には元に戻っていた。ん~あの二人が村崎さんの無言の説教だけで済んだのが頷けるな。
とはいえ、武霊能力の行使は、意志力の消費とイコールだ。これを直した人達の労力を考えると、今日の逆鬼ごっこでここを使ってもいいものだろうか?
そんな風に良心の呵責的な感覚に悩まされながら、とりあえず、舗装された道から木々の中へと入ってみる。
木々についてはあんまり詳しくないというか、見分けがよくわからないが、少なくとも針葉樹ではなく、広葉樹で、足元の落ち葉が混じった土の質から考えると、落葉樹を揃えているようだ。しかも、十年前にできた人工島ということを考えれば、ここにある木々は全て移植だと考えられるのに、そうだとは思えない自然な生え方になっていた。つまり、そうなるようにしているということなんだろうが……ん~確か、どっかの人工の森では、植樹後に人の手を加えなくても大丈夫なようにデザインしているとか聞いたことがある。ようするに、ここもそういう風に使われているんだろう。というか、この学園は本当に色々な技術が投入されて作られている。この分だと、俺が知らない技術もどこかにあっても不思議じゃないな。
などと思っていると、急にPSサーバントが制服の擬態を止めた。
同時にオウキからの警告に応え、オートマチック機能を起動。
いつでもオウキを具現化できるようにイメージする。
「ああ、すまない。警戒させてしまったようだね」
その声は、地面の下から聞こえてきた。というか、聞き覚えのある声だな……
「……如月さん?」
俺の問いに応えるかのように、地面から武霊トモロを伴って如月さんが湧くように現れた。
「やあ、昨日振りだね」
そう言って笑みを浮かべる如月さん。
「君が土の上にいてよかったよ。僕のトモロは土がないと能力を発揮できないからね」
「……武霊能力を使わなくても、教室を訪ねてくれたらよかったのでは?」
「他の人には目撃されたくなかったからね。ほら、昨日、言えなかったアドバイスというか、忠告の続きをしようと思っていたから」
苦笑する如月さんに、俺としては少しだけ対応に困った。
忠告はありがたいが、果たしてそれは互いにとて都合の良いことなのだろうか?
村雲から情報を聞いて対応した結果、一日目二日目の大勝利に繋がってしまったと考えると、事前に知ることはかなり大きいということを自覚させられる。
知識差や情報戦というのは大事だというのはわかっていたつもりだったが、やっぱり経験しないと実感がわかないことはいくらでもあるということなのだろう。
そんな風に思った矢先のこれは、ん~……
「もしかして迷惑だった?」
「いえ、助かります」
あ~反射的に色よい返事をしてしまった……まあ、いいか。
「今日出てくる生徒組織は、総務グループ。吹奏楽部や芸能部とかが所属している勢力だね。数は文化系三勢力より少ないから、一日目二日目を乗り切った君なら油断さえしなければさして問題はないと思うよ。問題なのは、彼らの中に武霊ファイト部が含まれていることかな?」
武霊ファイト部ね……確か……
「武霊ファイトの管理・運営を行っている部でしたっけ?」
「正確には行事に関係しない武霊ファイトの、だけどね」
村雲に聞いた話によれば、学園の武霊ファイトには大きく分けて二種類あり、一つが逆鬼ごっこを始めとする学園全体が関わる大規模な武霊ファイト、もう一つが生徒間同士や生徒組織間クラス間での揉め事を解決する場合に行われる小規模な武霊ファイト。
大規模な方は、統合生徒会を中心に、その行事ごとに必要な生徒組織によって管理・運営されるが、小規模な方は比較的頻繁に起きているため、それを専門にする部活が必要になり、作られたのが武霊ファイト部という話だった。
「……その彼らがどうしたんですか? 総務系ってことは、直接戦闘タイプってわけでもないんでしょ?」
「ほとんどがそうだね。特殊な武霊能力を持っているタイプが多いよ。ただ、そういう武霊使いばかりでもないんだよね。これが」
「実行部隊のことを言っているんですか?」
「ん? 知ってるんだ」
「クラスメイトにある程度は聞いてますし、そこから多少の推測はできますからね。小規模武霊ファイトを管理運営している関係上、ヒートアップし過ぎた武霊使いを収める必要があるとするのなら、実力で鎮圧できる武霊使いがいても不思議じゃありませんよ。武風が関わってしまえば、学校組織として処罰しなくてはいけなくなるでしょうし。揉め事の解決をしようとしているのに、更にこじれさせるようなことは得策じゃないでしょう」
「うん。そういうことだね。その予想は正しいよ。ただ、一つだけ追加。武霊ファイト部には、武霊ファイトが好き過ぎる子達を管理する役目もあるんだ」
「……それは各生徒組織が担当するって話だったはずでは?」
「武霊によってトラブルを起こす奴と、武霊ファイトでトラブルを起こす奴とでは扱い方が違うし、分けないといけないんだよ。彼らはただ単純に、身に付けてしまった超常で非日常の力を試したいだけだからね。悪意があるわけじゃない。まあ、だからこそ厄介だとも言えるけどね」
「……なるほど」
「っで、武霊ファイト部はそういう奴らをまとめて引き受けて、定期的に武霊ファイトをイベントとして行っているわけなんだね」
「管理運営しているところが直接開催するわけですから、効率は良さそうですよね」
「そういうことだね。とはいえ、そんな彼らでも全員を全員管理し切れるわけでもなくてね……まあ、要するに何人か問題児がいるんだよ」
「問題児……」
まあ、そういう奴らもいるんじゃないかとは思っていたが……
「つまり、今日そいつらが出てくるってことなんですか?」
その俺の問いに、如月さんは頷く。
「正確には、比較的まともな子が一人出てくるだろうね。無許可で武霊ファイトして停学喰らっちゃうような子だけど、基本的に武霊ファイト馬鹿である以外はいい子だし、主戦力として武霊ファイト部も扱っているからね。多分、いや、きっと彼女を部の代表として出すと思う。なんせタイミングよく、君にとっては悪くかな? 今日が彼女の停学が明ける日だからね」
「なるほど……じゃあ、俺はその子を注意すればいいわけなんですね?」
「ん~彼女自身をというより、彼女が引き起こす武霊能力に注意を払ってもらいたいんだよね。なんせ彼女の武霊能力は……まあ、派手だから」
あ~なるほど、だからアドバイスというより忠告なわけか。こっちが気を付けないと、周囲に無意味やたらに被害を拡充させてしまうようなタイプってことか……ふむ。
「具体的な武霊能力は――」
「いえ、そこまではいいですよ」
流石にどんな能力か聞くと、俺の目的の許容範囲を超えてしまう。
そう思って、如月さんの言葉を遮ると、彼は苦笑して頷いた。
「なるほど、なんとなく君の目的がわかったよ。そういうことなら、これ以上はなにも言わない。ただ、君の武霊能力なら、彼女からの被害を最小限に抑えながら戦うことは可能だと思うよ」
「それだけ聞ければ十分ですよ。ありがとうございます」