二、『さあ、今日も昨日に引き続き、確かめさせて貰おうか!』
「だ・か・ら! コトサラって言うんじゃありませんわよ! ぶち殺しますわよ!」
「やれるものならやって見なさいよ!」
まあ、すぐにどうこうできるのなら、そもそもこじれてなんていないよな……
なんて思っている俺の前で、半透明な武霊二体も参加した睨み合いを演じている琴野さんと美羽さん。
場所は生徒下駄箱なので、流石に具現化して本格的な喧嘩をする気にはなれないようだ。
いや、近くに村崎さんがいるので、一昨日と同じように彼女がストッパーになっているんだろう。
無口無表情な眼鏡っ娘がなにを考えているのかは知らないが、逆鬼ごっこ前で怪獣大戦争なんてやられたらたまったもんじゃないので、感謝。
なんて考えながら村崎さんを見ていると、何故か彼女は頷く。
「ちょ、なんですの!?」「わっ! なに? なに!?」
琴野さんと美羽さんの首根っこを摑まえて、ずるずると引き摺って地下へと続く階段へと消えていった。
いや、確かにちょっと邪魔だな~とは考えていたが、そんな風に強引に運んでほしいとは流石に思わないんだけど……
「夜衣斗さぁ~ん。頑張ってくださいねぇ~」「わ、ぐえ!」
美羽さんの応援の声に続いて、琴野さんの声が途中で締め付けられた感じに変わった。
立場的に俺を応援するのはまずいから、村崎さんが強制的に止めたんだろう。それにしても……ん~なんか暴力的な女性が多くない? まあ、武霊なんてものがあればそうなるのは自然か?
なんて考えつつ、振り返り、グラウンドを確認する。
昨日に引き続き、スポーツ同盟の生き残りにプラスして、今回は、漫画部やアニメ部などの二次元作品に関わる生徒組織の集まり『二次元連盟』・アイドル愛好会や歴史同好会などの三次元に関わる生徒組織の集まり『三次元共同体』・美術部や料理部などのオタクに分類されない生徒組織の集まり『非オタ組合』の三つの派閥が参加していた。
ビャッコボールや鉄の錬金術師などのアニメや漫画のキャラの武霊に、そのキャラのコスプレをしている人達……紛らわしいな。
OLD48やら宮本武蔵やら、どっかで見たことがあるアイドルや歴史上の人物の武霊に、ハッピ姿の人やら時代劇みたいな恰好。
ロダンの考える人やちょっと前によくテレビで見掛けていた料理人などの武霊に、キャンパスを持った人やコックの格好をした人。
まあまあ、多岐に渡ることで……
呆れるしかない光景に、俺は頬を掻きつつ、オウキを通常具現で具現化させ、準備に入る。ただし、今日は昨日と出すサーバントの割合を変えてだ。
さて……昨日の仕込みはどこまで上手くいったかな?
サーバントを大量に用意しながら、外の様子をより注意深く見る。
参加者の表情をPSサーバントの視覚強化で確認すると、怒りの感情が浮かんでおり、大半が殺気立っていた。
聴覚の強化はしていないので聞こえないが、罵詈雑言を口にしている輩もいるようだ。
特に二次元連盟あたりの連中があからさまなイラつきを浮かべており、その他はまあ、怒ってはいるようだが、どちらかというと、二次元連盟達の動きを警戒しているようだった。
怒りに任せて攻撃されれば、下手をすればそれに巻き込まれかねないだろうし、なにより、先に捕まえられてしまってはもともこうもない。
それ故に、二次元連盟達を警戒し、場合によっては妨害、先に攻撃しようとする気満々って感じだ。
まあ、概ね予定通りか。
などと思いながら、視線を動かしていると、昼休みに目撃した装備型武霊使いがグラウンドの隅にいることに気付いた。
確か、ゼツムとかいうパワードスーツの武霊だったか? ん~着込まれている以上、通常の武霊使いとは対応を変えないと簡単には退場できそうにない。その上、下手をすれば傷付けて停学なんて最悪な事態になりかねないな。というか、装備型の武霊使いは逆鬼ごっこに不向きなんじゃないんだろうか? まあ、そもそも、装備型は普通の武霊より武霊使いに掛かる危険性が高いように思える。なんせ、武霊を身に纏っているわけだから、矢面に一緒に立っているわけだしな。そういうデメリットを考慮しても、この場にいることができる、いさせられると考えるなら、つまり、それだけ強力な武霊ということだ。思い出してみれば、学園教師陣の中で最強と呼ばれているらしい高木先生も装備型だしな。つまり、それだけの厄介な強力さが介在していると考えるべきだろう。となると一度手合わせして貰った方が、俺とオウキのためだと思えるが……まあ、それもこれも、まずは試させて貰わないとな!
ようやく準備が終わったサーバント達と共に、俺とオウキが生徒玄関から飛び出した。
開始のチャイムが鳴った瞬間、光線やらミサイルやら、なんかよくわからない攻撃が殺到する。
明らかに建物が壊れることとか配慮してない攻撃に、俺はため息を吐きつつシールドサーバント達を校舎の周りに展開。
遠慮のない攻撃に俺とオウキが晒されそうになった時、不意に横からなにかがぶつかった。同時に強烈な浮遊感と、上昇する感覚に襲われ、周りの光景も激変する。
急激なGに襲われ、それが収まると同時に、下の方で爆裂音が生じた。
確認すると、生徒玄関が様々な爆炎・爆煙に覆われている。
「あ、危なかったね」
といったのはゼツムの武霊使い。
どうやら一気に接近して、横からかっさらったらしい。
ん~俺を捕まえるための行動だろうが、すげえ加速力だな。しかも、突撃といってもいいほどの速度なのに、こっちには一切のダメージを与えない慣性や衝撃をキャンセル能力付きか……逆鬼ごっこにおいて、それはかなり厄介な能力だといえる。
が、
「……残念」
「え?」
俺のつぶやきが耳に入ったのか、疑問符を浮かべるゼツムの武霊使いの姿が唐突に掻き消えた。
その現象はグラウンドでも多発しており、消えなかった鬼達が唖然としている。
ちなみに消えた連中は、武霊能力を使った連中。当然、消えなかった連中は武霊能力を使わなかった連中だ。
ざっと見て、半分以上が消えたっぽいな。三分の一が引っ掛かればいいところだろうって思っていたのに、予想以上の成果は、果たして素直に喜んでいいものだろうか?
などと思いながら、校舎を守らせているシールドサーバントの力場を解除し、俺とオウキ(・・・・・)はゆっくりと生徒玄関から出た。
それと同時に、本当の開始を知らせるチャイムが鳴る。
「「はい? あれ、なんで二度目の合図? というより、なんでほとんどの鬼が消えてんです?」」
校内放送から唖然とした感じの早見さんの声が聞こえてくる。
同様の反応がグラウンドからもあり、昨日から仕込んでいた作戦が上手くいったことを見事に現してくれていた。
なお、俺がなにをしたかというと――
「「多分あれだろ? 昨日録音した開始のチャイムと、偽物の黒樹とオウキを出して逆鬼ごっこが始まったって誤認させたんだろ」」
「「あ~つまり、子が開始前に武霊能力を使ってはいけないってルールを利用したってこと? でも、それは昨日の一件で周知の事実になっているわけで、ここまでうっかりするのは不自然じゃない? どう見ても半数以上が退場になってるし」」
「「だからこその昨日の挑発なんだろ? 今日、参加している文化系生徒組織は自分の武霊に自信を持っている連中が多いからな、あの程度の挑発でも、まあ、挑発だとわかってはいても、激怒するのを止められる奴は少ないんじゃないか? なんせ俺達はまだ未成年の学生だ。自分を制御できる奴なんてそうそういないさ。つうか、大人でも自分の制御を出来る奴は少ないか?」」
「「確かに少ないわね。ほら、現にうちの担任がイライラしているし」」
「「そりゃお前がまともなアナウンスをしてないからだろうが……まあ、とにかく、黒樹の作戦にものの見事にハマったってわけだな。多分あれだ。自分の性質をまだあんまり周知されていないってことも考慮しているんだろう」」
「「どういうことです?」」
「「昨日、お前も言っていただろ? キャラが違うって。まあ、俺も二・三日程度だから確証はないが、少なくともあんなことを不用意に言うようなキャラじゃないからな。どう考えても無理をしているってことがわかれば、引っ掛かる奴は激減しただろうが、交流している人間が生徒間校則のせいで極端に少なくなっている以上、それを知りえる人間は限られる。なら、それを利用しない手はないだろ?」」
「「は~とんでもない策士ですね」」
などと俺が今日行った作戦の全容をあっさり村雲に看破されてしまった。
ん~村雲が武霊使いじゃなくなっててよかった。どう考えてもあいつとは相性が悪そうだ。
個人的な見解だが、武霊単体の強さの強弱は、武霊使いの創意工夫でどうとでも引っ繰り返せると思う。
闘いとは、戦いとは、なにもあらかじめ決められたルールに縛られてやるものではない。
普通なら場外になるであろう行為でも、物理的なぶつかり合いが始まる前からでも、解釈の、いいや、ただただ一点、勝つと決めたのなら、どの時点からでも始めるべきだし、初めなどないわけだ。
だからこそ、昨日からの準備、チャイムの録音や、安い挑発すら、俺にとっては正しい戦いであり、それが上手くいくか確かめるための実戦テストだといえる。
勿論、卑怯だと罵る者もいるかもしれないが、こっちは死の運命だとかいうわけのわからないなにかによって常に命の危機に晒されているのだ。
本物の命のやり取りを前提にしている以上、利用できるものは利用するし、本当にそれができるかどうか早めに確認する必要がある。
自分の作戦がどこまで通用するか、俺とオウキの強さが現時点でどれくらいなのか、さあ、今日も昨日に引き続き、確かめさせて貰おうか!
俺とオウキのマルチフットをローラーモードに切り替え、一気に加速し、その場から離れた。
ただし、向かった先は学園大門の方向じゃない。
小中高大統合部活同好会棟群へだ。
俺の動きにハッとした生き残り達が一斉にこっちに向かってくるのを確認しつつ、カオスな建物群の中に突入した。