一、『せめて人を巻き込まない所で』
……まあ、明日をお楽しみ。と宣言したものの、果たして上手くいくんだろか?
なんて不安に苛まれている翌日火曜日の昼休み、つまり、放課後には逆鬼ごっこ二日目が待っているわけで、俺は今、それに向けての下見をしていた。
今日は昨日のような失敗を犯さないために、既に昼ご飯は食べ終え、美羽さんに会わないように遠目からスカウトサーバントによる監視を行っている。
若干、盗撮ポイことをしていることに……まあ、いくら目的が違くても、盗撮は盗撮だよな……なので、かなりの抵抗を感じつつ、校舎から星波町とは反対方向の『小中高大統合部活同好会棟群』って場所に来ていた。
名前の通り、各学年の部活と同好会が部室などして使っている建物が乱立している所で……一言でいえば、かなりカオスな所だった。
マンションのような小奇麗なビルディングがあれば、ペンションハウスのような丸太製の建物があったり、プレハブ小屋や、レンガ造りなど、なんかもう、建物の見本市みたいに一つとして同じ物がない。
もしかしたら、生徒のためと称して、色々な建築方法を試しているんだろうか?
そんなことを思いながら、うろうろと建物の間を歩いてみる。
これだけカオスなら、逃げ回るのに色々と適してそうだな……ん~今日の逆鬼ごっこに使え……なんだあれ?
考えながら周りを見ていると、ふと変な建物を見付けた。
妙に真っ黒な中世ヨーロッパ風の城……のミニチュア的な二階建ての建物だった。
物凄く手作り感満載なそれに、な~んか嫌な予感を感じ、元来た道を引き返そうとした。
その時、
「くっくく。ようこそ我宿敵と書いて友、やはり同じ天命を持っているようだな」
どこからともなく……ってわけじゃないが、あきらかにミニチュア城の二階ベランダから声が聞こえてくる。
ん~この声は黒丸君か……
そう思っていると、別の声が聞こえ始めた。
「ふははは! 流石は守護天使よ。これを予見していたか」
「っく! わらわの真紅の邪眼が疼きよるわ!」
「僕は信じてたよ。君がここに来てくれることを!」
「はっはー素晴らしい。俺らの居場所を探し当てたてめぇに俺の曲をくれてやるぜぇええええ」
「っは、なんであいつ? あんな奴にやられたのかよ? 俺だったら瞬殺だぜ瞬殺」
などと他五人の男女の声が聞こえてきた。
関わるのは果てしなくめんどくさそうだな……
そう思った俺は、今度こそくるっと回って、来た道をダッシュで戻ろうとした。
「待ってよ!」
だが、俺の前に空から黒いパワードスーツのような物を着た人物が現れる。
手足を拡張すように付いた鋭い手甲・具足に、胴体部分を覆う鎧、側頭部に付いた何らかの機具、肩から浮くように付いている翼のようなフォルムのブースター。両腰に二丁拳銃・両腕に折り畳み式のライフル。背中からちょっと浮いた場所に、赤い十字架が書かれた黒い棺のような鞘とそれに収まっている大剣。その鞘から黒い翼が出ており、ブースターと合せて宙に浮いているようだった。
そのパワードスーツを着ている人物は、人間のように見えた。というか、喋っていたのでこれは間違いないだろう。となると、装備型武霊ってことになるが……ふむ。こんなのまで存在するのか……
そう思ってじろじろと見ると、彼はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。
中性的な顔立ちで、声も高めなので……ちょっと性別不明だな……
なんて思いつつ、ため息一つ。
「……なにか用ですか?」
「え? あの……その……」
ストレートに聞いたのに、なんで戸惑うよ?
「ぼ、僕達の部活を見学して見ない?」
「……武霊を出して強引に止めるようなところに?」
「ゼ、ゼツムは、その、勢いで、だって、いきなり逃げるし」
ゼツムね……強そうな武霊だから、今日出てきたら警戒すべきだな。
「……いきなり上からあんなことを言われたら、逃げるのは当たり前だと思うが?」
「わ、悪気はないんだよ? みんな、その、恥ずかしがり屋だから」
まあ、なにかを被って喋る方が、気が楽なのはわかるが……
「……悪いが、あんまり時間が無いんでね。というか、逆鬼ごっこの鬼に対する勧誘は禁止されているんじゃないのか?」
「いや、だから、見学を勧めているだけで、勧誘はしてないよ」
なんて会話をしていると、背後から複数の人が迫ってくる気配。
ゼツムとかいう装備型武霊の使い手は比較的まともに会話できそうだが、他の連中が来たら本気でめんどそうだな。
そうウンザリした時、
「あなた達、なにをなさっていますの?」
優しげだが、強めの口調の琴野さんの声が聞こえた。
現統合生徒会長の出現により、厨二な方々は即座に退散した。
自分達がスレスレなことをしている自覚はあったようだが……
隣を一緒に歩くツインテールの女の子に視線を送ると、それに気付いたのか、にっこりと微笑んできた。
なんというか、美羽さんと喧嘩ばかりしているイメージがあるから、こう大人しい彼女の姿は妙に新鮮味を感じる。まあ、たかだか二日三日の付き合いである以上、深く彼女さんのことを知らないのは当然なわけだから、こっちが素だと考えるべきだろう。
「下調べをしてらしたの?」
琴野さんのその問いに、ちょっと迷ったが、素直に頷いた。
「ということは、今日はここを主戦場になさるつもりですのね……よろしかったらわたくしがご案内いたしましょうか?」
それは願ってもない申し出だが……
「……いいんですか? 逆鬼ごっこを運営する側の人が俺の手助けをして」
その俺の問いに、琴野さんは首を横に振った。
「転校生を案内するのは、統合生徒会長として当然のことですわ」
優しく微笑みながらそう言う彼女は、その日本人とは違う感じに整った顔立ちと青い目と重なって非常に魅力的に見えた。
……色々と気が多いな俺は……
思わず苦笑してしまっていると、それを勘違いしたのか、琴野さんは少しだけ不安そうな表情になってしまう。
「お嫌ですか?」
「……いえ、よろしくお願いします」
琴野さんに小中高大統合部活同好会棟群を案内されながら、先を行く彼女のフリフリと揺れるツインテールに目が行ってしまう。
生でロングツインテールの女の子を見るのは初めてなので、物珍しさも手伝っているのかもしれない。
なんて案内とは関係ないことを考えている時、チラッと琴野さんが背後を見た。
「あの……昨日は申し訳ありませんでしたの」
昨日? なんかあったっけ?
突然の謝罪に困惑していると、琴野さんは立ち止まって振り返る。
「高校校門で赤井……美羽との喧嘩に巻き込んでしまいましたでしょ?」
ああ、そういえば吹き飛ばされたな……正直、PSサーバントを着ていたおかげで、大してダメージもなく、その後に逆鬼ごっこのことに集中していたせいか、言われるまですっかり忘れていた。しかし、よくよく考えてみると、結構な大事だよな……高々数日で非日常になれてしまったんだろうか? それはそれで恐ろしいというか……
そんなことを思っていると、琴野さんは深々と頭を下げた。
「生徒の安全を守ることも統合生徒会長の務めだというのに、不用意に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでしたわ」
「いや、怪我もしてませんし、気にしてもいませんので……頭を上げてください」
女の子に頭を下げられるという人生初の事態に、俺はかなり動揺してしまい、思わず周りを見回してしまう。
よし、誰もないな……って、なんで他人の目を気にする? いや? 気にする事態か……
俺のお願いに、琴野さんは申し訳なさそうな顔になりながら、頭を下げるのを止めた。
「本来なら昨日の内に謝罪するべきだったのでしょうが、逆鬼ごっこ初日ということもあり、時間が取れず、今日にずれ込んでしまいまして……」
律儀な人だな……
「……巻き込まれたのはほとんど俺の責任みたいなものですし……その、ほら、一種の名物みたいなものなんでしょ?」
「め、名物……」
あれ? なんかショックを受けてない?
「そんな風に言われているんですか……」
あ~どうやら本人は知らなかったみたいだな……失敗したな……
「確かによく美羽とは喧嘩していますが……そんな風に周りには見られていたのですのね」
なんか物凄く落ち込ませてしまった。というか、そんなに落ち込むのなら、喧嘩なんかしなきゃいいのに。と思うのは、他人だからか。ん~あんまり踏み込むのは得策じゃないとは思うが。
「……なんでそんなに喧嘩をしてしまうんです?」
「え?」
俺の問いに、琴野さんは驚いた表情になった。
もしかしたら、これまでそんなことを聞いてくる人はいなかったのかもしれない。
本来なら、俺もそうするべきなのだろう。だが、美羽さんとはお隣同士だし、向こうから積極的に関わって来てくれる以上、自分に被害が及びそうなことに目を瞑り続けるのには限度がある。なら、さっさとある程度の関わりを形成しておいた方がいい。俺が他人である以上、直ぐに解決できるなんて虫のいいことは思わないが、そもそも俺だけでは限度があるしな。それでも、昨日吹き飛ばされたという切っ掛けがあるので、そうすると決めた以上はそれを利用して早めに関わるべきだろう。まあ、いきなりそんなことを聞くのだ。あっさり拒絶されて終わりになるかもしれないが、それはそれで別段問題ない。所詮は二日三日の付き合いでしかないのだから、互いにそれほどダメージは生じないだろう。
なんて思いながら、琴野さんの返事を待っていると、表情を変えて、俺に対して微笑んだ。
「夜衣斗様は、お優しいのですのね」
いや、どっちかっていうと、今後被害を受けないための打算って面が強いから、優しいとは違うと思う。
なので、俺は首を横に振る。
「例えなにかしらの思惑があろうと、関わらないという選択肢がある以上、お優しいのに変わりはありませんわ」
そういうものなのだろうか?
「昔は、こんなんじゃなかったのですのよ。大親友と言っても過言じゃないほど、親しかったのですの」
そう言って寂しそうに微笑む琴野さん。
「でもある時、強力なはぐれに襲われてしまって……その時に、わたくしと美羽は大怪我を負ってしまいましたの。それが切っ掛けでヒノカが具現化して、わたくし達は一命を取り留めることができましたわ。でも、その時のせいで、美羽が過剰にわたくしのことを心配し、依存するようになって…………」
どこか辛そうに語り、言葉に詰まる彼女の様子に、言葉以上のなにかを背負っている気がした。それがなんなのかはわからないが、聞かしてくれる以上のことを知る権利も立ち位置も今の俺にはない。だが、少しわかった。
「……それで、琴野さんはわざと美羽さんを拒絶するようになったんですか?」
俺の問いに、琴野さんは小さく頷く。
「美羽とは確かに大の親友でしたの。でも、わたくしは琴野家の人間。いずれは美羽とは違う道を歩むことになりますの。依存し依存される関係のまま居続けるわけにはいきませんでしたわ」
「でも、思惑以上に、仲がこじれてしまった?」
再びコクリと頷く琴野さん。
確かに、学校という環境下にいれば、違った家庭環境・異なった身分の人間同士が交わることは容易だ。ある意味、そうするために学校は存在している特別な環境だといえる。だがそれは、あくまで学校環境下での話だ。卒業してしまえば、本来の形に戻り、それまでの形を維持し辛くなる。勿論、学校を卒業してからも一定の距離感を維持し続けることは可能だろう。だが、近ければ近しいほど、その距離を取ることができなくなり、互いにとってよくない方向に瓦解しかねないのは確かだ。どんなに本人達が望んでも、学校環境下と同じ距離を保つことなど、社会に出てしまえば不可能なのだから。
そういう意味では、早い内に適度な距離感を取り戻そうとした琴野さんの考えは賛同できる。
だが、
「……それっていつの話です?」
「え? えっと……小学六年生の頃ですわね」
ことなげに応える琴野さんに、正直、絶句するしかない。
そんなことを考え、実行する小学生なんて、今の時代でもいやしないんじゃないんだろうか? というか、直情直感型の美羽さんだと、琴野さんの気持ちはわかっても、考えまでは理解できそうにないな。つまり、
「……関係がこんがらがるわけですよ」
「そうなのですの?」
よくわかってなさそうな琴野さんに、俺はちょっと困った。
多分、琴野さんも、勿論、美羽さんも、昨日の名前の呼び直しから考えても、本心では互いのことを嫌っていない。むしろ、今の関係でいたくないと思っているかもしれない。
だが、琴野さんが理性的に関係の修繕を測ろうとしている以上、美羽さんが感情的に関係を深めようとしている以上、互いだけで歩み寄ろうとするのは難しいだろう。なんせ、別々の方向に歩いているのだから、交差しようにも出会うことがそもそもない。なんとかしようとすればするほど、離れてしまい、結果、現在のように名物になるような喧嘩を合う度にしてしまっている。
ってところか……ん~思った以上に厄介だな……
そんなことを持っていると、昼休みが終わる予鈴が鳴った。
「わたくし達のことを気に掛けて下さって、ありがとうございますですの。ですが、こんな愚かなわたくし達のこととなど、お気になさらないでくださいませ」
「……そう言うのなら、せめて人を巻き込まない所で喧嘩してください」
「全くその通りですわね」
俺のため息交じりの答えに、琴野さんはうふふと笑った。